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うん…?と首を傾げる杏里に
「環境も変わったし、仕事も変えた。いろんなことがあったでしょ?
でも、杏里は出会った時のイメージから変わってない。なんか安心するよ」
そこへ、お店の人が「お待たせしました」と、デザートのお皿を持って入ってきた。
それぞれの前に、コーヒーカップとお皿を置いていく。
「…そうだね、いろいろなことがあったよ。
仕事探しも大変だったけど、なんか、自分のことを見つめなおす良い機会だったと思うの。
きっとこれからの人生には、必要な時間だったんじゃないかな」
良い香りを漂わせているコーヒーを一口飲み、どれから食べようか、と目を輝かせる。
白く長いお皿には、イチゴのアイスクリームとショコラケーキ、レアチーズのタルトが乗っていた。
「知ってる? 私たちくらいの年齢って、平均寿命は100歳を超えるんだって。
もしかしたら80歳くらいまで働くことになるかも。
そう思ったらなんでもできそうじゃない?」
スプーンでアイスクリームを口に運びながら、杏里がそう言うと、慧は少し驚いた顔をした。
「100歳か…。長いね。そう思うと僕みたいなフリーランスは得かも。
定年退職っていうのがないから、その気になれば、何歳まででも仕事できるもんね」
「そうなんだよ。会社に勤めていたとしても、定年後の仕事とか過ごし方について、それなりに考えていく必要があると思うよ」
そういいながら、杏里は仕事だけじゃない自分の未来について考えていた。
* * *
レストランからの帰り道、不動産会社の前に「自由にお持ち帰りください」と書かれたカタログスタンドがあった。
実際に住む訳じゃなくても、「まだイメージが固まってないから、検討材料にしようか」と言いながら、数件のチラシをもらってくる。
ホテルに帰ると、とりあえずシャワーを浴びることにした。
先にシャワーを済ませ、それなりに肌の手入れをした杏里は、「足が疲れた…」といいながら、ソファに伸びてパンフレットを見ていた。
ホテル備え付けの夜着で出てきた慧にそれを手渡す。
「賃貸って言っても、家賃って結構するんだね」
「そうだよ。私が前住んでたところは、単身者用ってなってたからこれほどはしなかったけどね」
「ちょっと、実物を見てみないとなんとも言えないね」
「…ね、今日はちょっと疲れちゃった。布団に入って喋ってもいい?」
うん、と慧が頷くと、ベッドの掛け布団を一度剥がし、二人で潜り込む。
「ね、取りあえず、結婚式は5月の後半だよね」
候補日はもう、ホテルには伝えてあって、明日それを確定することになっている。
「今のアパートも引き払う手続きをしないとなんだ。
さっきふと思ったんだけど、年度末を越えてからの方が、家を決めるのも、引っ越しするのも楽かもしれないよ」
「そう言われてみればそうだね。じゃあ、具体的に一緒に住み始めるのは式の前後くらいからにする?」
「うん、慌てなくても良いんじゃないかな。だからじっくり住むところを探そうよ…」
そう言いながら、杏里はもう、眠そうな顔をしている。
「…もう、ムリしないで寝ちゃってもいいよ」
慧は手を伸ばすと、ベッドサイドの照度を下げた。
「うん…、せっかく…一緒なのに、ごめんね…」
杏里が手を伸ばすと、慧がそれを握ってくれる。
眠りの世界に向かう杏里の額に、慧がキスをしてくれる。
「おやすみ…My sweetheart」
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