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「…うわぁ…、素敵…」
石造りの階段を上がった先に、白い柱に囲まれたチャペルがあった。
アールデコ様式の天井は高く、透明なガラス屋根には周りの木々の緑が透けている。
左右には参列者用のベンチが一列ずつ並び、その間に、赤い絨毯が引かれたバージンロードが伸びている。
正面には十字架のついた演台があり、背後の壁には白い花のステンドグラスが光を透かしている。
壁と柱の白、木製のベンチ、赤い絨毯の組み合わせが、高貴で落ち着いた雰囲気を醸し出している。
入り口に立ち止まり、辺りを見渡して言葉を無くしている杏里に、慧がそっと寄り添い、背に手を添えた。
「気に入った?」
「…うん、とっても。」
以前、このホテルで慧と会ったのは、ホテルの中の喫茶店だった。
正面玄関から少し横にある、喫茶店専用の入り口を教えてもらったのだ。
今日は慧の案内で、ホテル裏側のチャペル専用の入り口から上がってきたのだ。
慧のお父さんが支配人をしている老舗のホテルで、家族だけの結婚式を挙げようかと話したのは去年の12月に入った頃。
遠距離恋愛にしびれを切らした慧が、杏里の近くへ引っ越す、と言い出した時だ。
その時は、慧に再考を促すために持ちかけた話だったけど、結果としてそれが実現しようとしている。
結婚式は、慧の誕生日である5月25日。
平日だけど参列者は少ないし、慧のお父さんはむしろ、平日の方が参加してもらいやすい。
問題は、離れて暮している杏里の母だけで、「こんな機会は二度とないから、平日でもちゃんと出席するよ」と言ってくれた。
参列者用のベンチを迂回して前の方に行くと、白いブラウスに濃紺のベストを着た女性が笑顔で迎えてくれた。
「ようこそおいでくださいました。
大切な記念の日に当ホテルをお選びいただき、大変光栄に思います。お式当日まで、よろしくお願い致します」
恭しくそう言われ、杏里は慌てて「ありがとうございます、こちらこそよろしくお願いします」と返し、慧を見た。
「西さん、お世話になります。彼女が杏里です。杏里、今回お世話になる西さんだよ」
西さんと呼ばれた女性は、杏里に名刺をくれた。
『ウエディングプランナー』という肩書きが付いている。
「お打ち合わせの場所へご案内します」と、西さんが先に立ち、隣接する館内へと入っていく。
このホテルは大戦後、米軍の宿舎として使われていたそうで、真鍮の手すりや丸いドアノブは当時のままなのだそうだ。
壁は濃い茶色に塗られ、階段にも廊下にも、アールデコ様式のクラシカルな雰囲気が漂っている。
式の時には控え室になるというその部屋には、壁際に革張りの大きなソファがあり、中央には木製の丸いテーブルが置かれていた。
猫脚のそのテーブルにも、天板に蔦のような彫刻がある。
周りを囲んでいるのは、赤いビロードの座面の木の椅子だ。
その椅子へ慧に促されて座ると、西さんは壁際にあるドリンクコーナーでコーヒーを入れてくれる。
「本当に、素敵なホテルですね…」
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