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家族のかたち
「それで、チャペルはどうでしたか?」
「…とても素敵でした。あんなところで式ができるなんて、とても嬉しいです」
ホテルを出たのはもう夕方に近く、そのまま慧のご実家に行く。
以前と変わりなく、お二人に笑顔で迎え入れられると、さっそくお父さんにそう聞かれた。
前にお邪魔したリビングを通り抜け、慧が「いつもご飯食べてるところ」というダイニングテーブルに案内される。
6人掛けのテーブルには、すでに何種類かの大皿が並べられていた。
「杏里さん、お酒は?」
「たくさんは飲めませんけど、いただきます」
最初だけビールで、あとは日本酒で、ということになり、小さめのビアグラスにお父さんが瓶ビールを注いでくれ、まずは乾杯する。
「式にお母様は来ていただけそう?」
「ええ、こんな時は二度とないから必ず行く、と言ってくれてます」
「じゃあ、お会いできるわね、嬉しいわ。こんな素敵な娘さんを育てた方だもの」
お母さんはそう言ってくれる。娘として、こんなにうれしい言葉はなかった。
「ありがとうございます」と返して、それは私も同じだ、と思う。
慧がこんなふうに伸び伸び育ったのは、このお二人の影響を受けているんだろうな、と思う。
人に優しく、自分も大事にできる。いつも前向きでいきいきとして見える。
それはきっと、ご両親からそういうエッセンスを自然に受け取って育ったからだろう。
驕ることなく、卑屈になることもなく、いつも等身大に見える彼のことを、自分もそうでありたい、と何度思ったことだろう。
勧められるままに箸を伸ばし、遠慮なく美味しいものをいただきながら、慧と結婚したら、穏やかなこのご夫婦と身内になれるんだなぁと思った。
慧が、結婚式より前に一緒に暮らし始めること、これから一緒に住むマンションを探すことなどをお二人に話している。
「ここで一緒に住んだっていいんだよ」
お父さんにそう言われ、ちょっと驚く。そういう選択肢は杏里にも慧にもなかった。
「僕が、ずっとここにいるんじゃないかと心配してたくせに…」
「だって、それは独身のままなのかな、という意味よ。杏里さんと一緒になるなら話は別でしょ?」
お母さんもそう言うところをみると、同居してもいいと思ってくれているらしい。
慧が言葉を探して杏里を見た。
「ここを買った頃は、まだ颯たちがちょこちょこ帰ってきてたから…」
中国に住んでいる慧のお兄さん家族のことだ。
「そういうときに使える部屋を用意しておきたかったんだけど、子どもたちが大きくなってからは、あまり帰ってこないからね。
これで慧が家を出るなら、定年過ぎたらもう少し小さい家に移ろうか、と思ってたんだけど…」
「…あなた、若い二人のことだから、二人きりで暮したい気持ちも分かるでしょ?
だから、ちょこちょこ顔出してくれればいいのよ」
「まあ、そうだね」
「だから、近くに住んでくれると嬉しいわ。私、娘が欲しかったの。男の子ばかりだったから」
お母さんは、早くもほんのり頬が赤くなっている。
…本当に可愛い人だなあ。
嫁姑はなんとなく、上手くいかない関係のように言われているけど、そういう枠にはめずに、その人となりを見ながら適度な距離感を保って付き合っていけるのならいいなと思う。
お刺身のカルパッチョ風サラダ、鳥もも肉の葱ダレ掛け、餃子の皮を使ったというラザニア、手まり寿司、あさりのお吸い物など、どれもみな美味しくて自然に笑顔になる。
今日、お父さんはお休みしていたそうだ。
こんな日は、キッチンに二人並んで料理をするのだと言われて驚いてしまう。
ラザニアは下ごしらえまでしてあって、最後の焼き上げはお父さんが面倒を見ていた。
ガラスの杯で、少しずつお酒をいただきながら、話は弾む。
杏里にとって、忘れられない夜になった。
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