あなたの隣で

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「ビール呑む?」 慧が冷蔵庫を開けてそう聞く。 「うん、いいね」 麻婆豆腐とご飯をそれぞれのお皿に盛り、テーブルへと運ぶ。 2人分の食事が対称にならんだテーブルは、母と二人でいたときと同じだ。 それでも、このおままごとのような慧との暮らしは悪くない。 缶ビールを二つのグラスに注ぎ、向かい合って座ると乾杯をした。 慧はこのところ、ホテルのランチタイム応援に呼ばれている。 一人お休みしている人がいて、その人の復帰まではその時間なのだそうだ。 あのホテルは、客室数は多くないけど、レストランだけの利用者も多い。 「今日はランチタイムの後、テイクアウトの手伝いに呼ばれてさ…」 美味しそうに焼かれたカットステーキを箱に入れる係で、思わず口に入れそうになったとか。 「いいな、食べてみたい」 「うん、今度はレストランに行ってみようか? 洋風と和風、中華もあるからね」 このところ、慧はホテルの仕事を増やしている。 「もともと、いろんな言葉の通訳を紹介している組織に登録していたんだけど、その組織自体も仕事が減ってるらしい。  これだけAIが発達してくるとムリもないよね。日常会話なんて、スマホのアプリである程度はいけるようになっちゃったし」 ただ、ホテルへの外国人観光客はかなり増えていて、特にアジア圏は多いそうだ。 ホテルの案内で、観光の付き添いをするサービスがあると知って、宿泊を決めてくる人もいるらしい。 「中国語は大丈夫だけど、韓国語をもう一度ちゃんと習わないと、と思うよ」 僕のはなんちゃって韓国語だからね、と慧は笑う。 「僕の中で、外を飛び回っていた時期は、もう終わりつつあるってことだと思う。  でも、結果的にこうして、杏里と一緒にいる時間が増えたからそれでいいんだ」 お義姉さんの作る服のモチーフが燕だったから、慧と出会った時、杏里は慧のことを、燕みたいに世界を飛び回ってる人、という印象を持っていた。   …そんな燕も、戻ってくる家ができたっていうことかな、それが私の隣で良かった。 杏里の作った麻婆豆腐は、辛みの少ない和風だったけど、慧はぺろりと食べていた。
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