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「本当に賑やかな結婚式で良かった」
母がそう言うのに、杏里は笑顔で頷いた。
本当なら、本人と家族5人だけの静かな結婚式のはずだったのに、ホテルの皆さんの温かいおもてなしに触れ、ここを選んだことの良さを実感することになった。
挙式の後、チャペルからホテルの宴会場に移動し、披露宴という名の食事会となった。
ウエディングドレスからフォーマルなワンピースに着替えた杏里も、しっかりお料理をいただくことができた。
ホテル内のフレンチレストランから、サプライズに登場してくださったスタッフの皆さんが、笑顔でお料理を運んできてくださる。
人数が少ないので、ウエディングケーキはお願いしなかったのだけど、コースの最後に料理長さんが現れ、ホールケーキをプレゼントしてくださった。
慧のお父さんが立ち上がってお礼を言うのに、握手をして笑い合っている様子に、深い信頼関係を感じた。
「あなたの身内は私だけだから、ちょっと心配してたんだけど…」
慧のご両親は、夕方までゆっくり寛いだ後お帰りになり、今、杏里は母が宿泊する部屋を訪れていた。
「慧くんのご両親も穏やかな方だし、こうやって職場の皆さんにまでお会いすることになって、こういう感じなら、杏里を安心してお願いできるって思ったよ」
そうだね、と頷いた杏里は、紙袋を取り出すと母に渡した。
「これ、お母さんへのプレゼント」
開けてみて、と言うと、母は紙袋からラッピングバッグに包まれた薄い箱を取り出した。
それは、A4くらいの大きさに、厚みが5センチほどの額だった。
白木の箱に薄いガラスの蓋が付いていて、壁に掛けることもできるし、自立もする。
「慧のお母さんとの合作なの」
左側には手のひらほどのブーケが、その右に二人の写真と、『誕生日から今日まで12169日』という数字、母への感謝のメッセージが書いてある。
ネットで見たものを真似して作ってみたのだ。
「これが、お母さんの作っているお花? すごい、素敵ね…」
薄いピンクの布花の周りに、青や白の小花、緑の葉が巻き付けられ、リボンで束ねたものがボードに固定してある。
「お母さん、今日まで育ててくれてありがとう。これからもよろしくお願いします」
そういって杏里が頭を下げると、母は珍しく瞳に涙を浮かべた。
「…もちろん、結婚したって何も変らない。近くにはいてあげられないけど、いつも応援してるからね」
そう言われて、杏里は母に抱きついた。
昨日、母がホテルに着いた時に、慧とは会ってもらった。
慧は珍しく緊張していて、母に何と言おうか考えていたらしい。
「これからの人生を、杏里さんと一緒に歩いていきたいと思います。よろしくお願いします」
ただそれだけ言うと、母は「こちらこそ、よろしくお願いします」と言ってくれた。
「ただ、ひとつだけ。
夫婦という、とても近しい関係になるからこそ、察してくれるだろう、分かってくれるだろう、という気持ちではなく、お互いにいつも歩み寄る努力が必要よ」
慧と杏里を前にして、母はそう言った。
…本当にそうだ。
全く違う環境で育った二人だったから、最初の頃は戸惑いも大きかった。
遠距離恋愛だったから、お互いを思う気持ちが保てなかったら続かなかったと思う。
だからこそ、いろいろな違いを乗り越えてでも一緒にいたい、という気持ちが強くなった。
でもこれからは、いつも一緒にいられるようになる。
もしかしたら、そういう気持ちを忘れてしまうかもしれない。
「二人のことは、二人で決める」
何でも話し合ってやっていこう、と話したのは、クリスマスデートの時。
何気なく口にした言葉だったけど、今になって、それがどんなに大切なことかが分かる。
幸いにして慧は、その言葉の意味を、ちゃんと理解してくれる人だった。
…夫婦という関係に慣れてしまわないように、これからも良い関係でいたいな。
杏里はそう思っていた。
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