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杏里にとって、子育ては想像以上に大変だった。
娘は、可愛い。
それはそうなんだけど、小さい子どもでも、話せば分かる、意味が分からなくても表情である程度分かる、ということがどんなにありがたいことかと知った。
新生児の頃は、陽花に泣かれると、オムツなのかお腹が空いているのか、どうしたらいいのか分からない日々が続いてオロオロしてしまった。
慧が帰って来ると、とにかくその日にあった出来事を全部聞いてもらって、陽花の世話を任せて、自分は料理をしたり、掃除をしたりすることで、気分転換をして何とか乗り切った。
それでも5ヶ月くらいになると、表情も出てくるし、何となく様子も分かってきて気持ちが楽になった。
今では、小さい子どものいる生活を楽しめていると思う。
…自分が思うようにできない、ということが、こんなにもストレスになるとは。
ご飯作りに集中したくても、落ち着いてスマホを見ていたくても、陽花が起きてしまえば取りあえずオムツを替えないとだし、母乳やミルクをやったり、ご飯を食べさせないといけない。
何事も、陽花が最優先なのだ。
それでもう、「今はそういう時期なんだ」と諦めて、昼間も彼女と一緒にお昼寝をしたり、ご飯の時間も掃除も洗濯も、こうでないと、と思わずに状況に合わせて柔軟にやればいい、と思えたら力が抜けた。
…母やおばあちゃんも、こんなふうに私を育ててくれたんだろうか。
陽花の世話をしながら、杏里はいつもそう思う。
子育てで、自分のペースではなく、他人に合わせて生きるという経験をする。
…それで、親も成長させてくれる、と言われるんじゃないかな。
今はこれが永遠に続くような気がしてしまうけど、考えてみれば、子どもの成長なんてあっという間だ。じきに保育園に行くようになる。
そうなったらきっと、こんなにベタベタとくっついていられる日はなくなるんだろうな、と思う。
でも陽花が落ち着いたら、また働きたい。やっぱり杏里は、働くのが好きなのだ。
今は育児休業が充実している会社が多いから、そういう女性はスムーズに復帰できるんだろうけど、杏里のように、結婚や出産で退職してしまった女性が、子どもの小さいうちに、新しいところへ再就職するのは難しいと肌で感じる。
いつか、そういう女性の応援ができる仕事がしたいと思う。
それがどういう仕事なのかは、まだ見えていないけど。
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