「書翰に線を引く」

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 眠い目をこすった娘が自室から出てきた。おでこに貼られた熱冷まシートが半分取れかかってしまっている。夏風邪をこじらせていたが、朝の時点で熱は下がっていたと彼から聞いていたので、私の声を聞いて起きてきたのだろうと思った。 「ごめんね、大丈夫だった?」 「うん! パパがずっと居てくれたから」  娘はまるでスーパーヒーローを見るみたいな目で彼を見つめた。彼女と同じ歳の私は、父のことをそんな風に見たことがあっただろうか。  優しさや寛容なんて言葉から程遠かった父の顔を浮かべようとしても、昨晩のベッドの上の父が邪魔をする。明確な区切りをつけて、縁を断ち切った自分の憎しみなんてものはこんなに脆いものだったとは。十年という歳月が無駄に思えるほど、私の心は熱を失っていた。
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