「書翰に線を引く」

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 ひどい父だった。昭和を引きずった性格で、家庭を顧みない仕事バカ、だけならまだしも女癖と酒癖が悪く、たまに家にいるとすぐに大声を上げた。とにかく父を不機嫌にしないように、幼い私は父という生物を敏感な爆弾か何かだと認識していた。どこかへ連れて行ってもらった記憶はないし、クリスマスや誕生日にプレゼントを貰った思い出もない。暴力を振るわないことだけが救いだったとも言えるけど。母が離婚しなかったのは、父がそういう最後の一線を越えない人間だったからだろうと思う。  今になって思えば、父はあらゆることに線を引き、そこを絶対に越えない人だった。  娘の世話や家事にも線を引く。自分のやるべきこととやらないこと。決めればそれを越えようとはしない。それは女遊びやギャンブルも同じ。つまりは家に収める金には手をつけない人だった。だって、生活に困っているなんてことはなかったし、私もなに一つ不自由なく大学まで進学して就職をすることが出来たから。そういうことを理解できるようになったのは、家を飛び出して結婚生活を始めてからだった。  私が家を出たのは二十四の時、結婚を反対する父と大喧嘩をしたからだ。
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