「書翰に線を引く」

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 お葬式はしない、と母に告げられたのが四日前。三日ぶりに小学校へ向かう娘を送り出したあと、仕事へ行く準備をしていた時のことだった。リビングの机の上でうるさく振動するスマホには、登録したばかりの実家の番号が表示されていた。 「どうして?」 「あの人は望んでいないでしょう」  母曰く、葬式とは一線を引く行為だと。それがどういう気持の整理の付け方だとしても、それを越える行為であるから。あの人はそういう行事ごとが嫌いなの。 「そっか」  母が告げる「あの人」という言葉からは、最愛の人に向けたニュアンスが込められていた。そのことが私の胸を締め付ける。私がいない十年間のことは何も知らない。ただ私の記憶にある限り、母は父のことを愛してはいないと思っていた。私が思い浮かべるあの頃の母の印象は、ひどい父親を裏付けるため、夫婦仲が形骸化していて欲しいという願望で作り上げられた妄想だったのだろうか。
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