「書翰に線を引く」

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 父は六年前に定年退職をしているから、振る舞いに変化があったのかもしれない。仕事のストレスを何かに向けなければいけないことは、大人になった今なら理解できる。そうだと、すれば。そんな希望を私が勝手に見出したところで、「今、親戚が来ていてね」と母は言い訳を漏らした。   娘が生まれたのは、離婚をする直前の夏のことだった。娘の存在は離婚を躊躇させることはなく、むしろ背中を押してくれた。夫からの養育費は少なくとも、一人で生きているよりも娘という存在が生きる糧になってくれると思ったからだ。  生活は苦しく大変ではあったが、娘と二人で暮らす生活は楽しかった。何よりも今の彼と出会うことが出来たのも大きい。血の繋がらないあの子に、彼はまるで我が子のような愛情を注いでくれる。  母と再会したのは再婚をした直後のことだった。だから三年前だ。仕事の都合で実家の最寄り駅がある沿線の電車に乗った。まだ夏の気配の残る十月の夕暮れには一本の飛行機雲が伸びていて、シートの端っこに座りながら私はぼんやりそれを眺めていた。
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