「書翰に線を引く」

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 無意識と意識の間にいた私は、そこはかとなく懐かしさを感じていた。変わらない硝子の向こうの街並みに思い出の香りを感じていたからかもしれない。家族三人で見た夕焼け。本当にあったかどうかも分からない景色が、ふとした瞬間に吐き気を催すように蘇るのは、ひどい父が私の思い込みだったかもしれないという恐怖があるからだろう。前の旦那との離婚が私の築き上げた父の輪郭をじわじわと削いでいく。  ふと、間から意識の方へと天秤が傾いたある時、同じ角度で空を見上げている人が反対側の端っこにいるのに気がついた。気まずさから私は視線を正面に向ける。電車が高架に差し掛かり窓が鏡に変わったのはその一瞬だった。同じように正面に向き直った母と私はピタリ目が合ってしまう。  喫茶店へ入り、私はまず母に謝罪の言葉を口にした。母には感謝しかなかったのに、何年も会えなかったこと。その後悔を真摯に伝えた。  それから離婚したこと、別れた旦那との間に娘が出来たこと、再婚して幸せにやっていることを告げた。  私が話を終えると、目の前に長細く折りたたまれた薄手のハンカチが置かれていた。 「少ないけれど」
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