父の幻影

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 竜の谷には行かない。  そう言ったものの、黒曜石はもうあの場所でしか採れないこともわかっていた。  どうすればいい。  どこかにまだ、すこしばかり石が取れる場所が残っているだろうか。  そ不意にリヒトは立ち止まった。  なんだか空気が変だ。  妙なざわつきを感じてあたりを見回した。  天気はよく、風もない。 「気のせいかな」  山に向かって歩くうち、に感じていたざわつきが何なのかわかった。  谷底でドラゴンバードがしきりに鳴き声をあげている。  こんなことは初めてだ。  何かあったのだろうか?  あるいは、ユリアに。  ユリア、と思ったらもうリヒトは走りだしていた。 「ピーウィイ」 「ピーウィイイイイイイイ」  谷まで来るとドラゴンバードの鳴き声がはっきり聞こえた。  目を凝らしても、谷底の様子はよく見えない。 「ジャグラ!」  リヒトは叫んだ。 「ジャグラ、そこにいるのか?」 「ピーウィ」  リヒトの声に応えるようにドラゴンバードが鳴いた気がした。  続いて羽の音と風を感じた。 「ジャグラ?」  ふわりと現れたドラゴンバードは何か言いたそうにリヒトを見つめた。  それから、長い首をぐっと下にして姿勢を低くした。  まるで「乗れ」というように。
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