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「しっかり捕まって。振り落とされるよ」
ざらりとしたドラゴンバードの荒い皮膚の感触に戸惑いながらも、這い上がるようにしてドラゴンバードの背にしがみついた。
「あの、きみは」
背中まで波打つ明るい茶色の髪は緩やかにウェーブがかかっていて、思わず触れてみたくなる。
そんなリヒトのよこしまな心に感づいたかのように、不意にドラゴンバードが体をひねり、宙に投げ出されそうになったリヒトは悲鳴のような声をあげた。
「どこに捕まればいいんだ?」
ち、と少女が舌打ちしたのが聞こえた。
「私に捕まって」
「え?」
少女の細い背中と腰を見てリヒトは躊躇した。
ばさあ、翼が動くたびに筋肉の動きが伝わってきて体が揺れる。
「失礼」
おそるおそる肩に手を置くと、ぐん、とドラゴンバードが頭を低く下げた。そのまま谷底に向かって急降下していく。風が耳元でびゅうびゅう音を立てた。
「わああああああああ」
思わず少女にしがみついて目を閉じた。
バヒュルルルルルルルルルル……強い風に逆らうように体じゅうに力を込める。リヒトの顔に少女の長い髪がまとわりつく。
少女の髪からはわずかな甘さと日なたの混じった匂いがした。
だすん、地面の感触と共に放り出されそうな衝撃に「わっ」と叫んで再び少女にしがみつく。
「もう着いたから」
呆れたような声にそっと目を開けた。
「降りるよ」
「あっ、ごめん」
慌ててリヒトは少女の体から手を放した。
少女は立ちあがると、ねぎらうようにドラゴンバードの首を軽く叩き、滑り降りた。
「ほら」
手を差し出され、かあっと熱くなる。
「大丈夫だ」
自分より年下と思われる少女の手を二度も借りるわけにはいかない。リヒトはその手をはねのけるようにして、なんとか自力でドラゴンバードから降りた。
「助けてくれてありがとう。オレはリヒト」
「お礼ならジャグラに言って」
「ジャグラ? このドラゴンバードの名前?」
「そう」
ばさりと髪をかき上げた、むき出しのおでこはまだ幼い。
長い睫毛に縁取られている大きな黒い瞳の勝気そうな輝きは、綿のパンツに皮のロングブーツといういでたちのせいだけではあるまい。
「ありがとう、ジャグラ」
リヒトは羽を畳んだドラゴンバードの正面に立つと、長い首や折り畳んだ翼をまじまじと眺めた。
こんなに近くでドラゴンバードを見るのは初めてだ。
丸い瞳が値踏みするようにじっとリヒトを見ている。やがて、黄色いくちばしを大きく開けカツカツと鳴らした。
「なるほど、頭だけ見ると、鳥のようだな」
だが、頭の下には太くて長い首がある。翼を折り畳んでしまった今は長い胴体にくねる尻尾、鍵爪のついた四本の脚、まさに竜だ。とはいえ、竜は何世紀も前に絶滅し、鳥類に進化したドラゴンバードだけが生き残った。しかしその数は多くはなく、今では竜の谷に生息しているだけだ。
「ドラゴンバードとはよく言ったものだ。まさにそのもの……」
「ピーウィ」
頭を左右に振り、リヒトの思考を遮るようにドラゴンバードは短く鳴いた。
「餌が欲しいみたいよ」
「餌?」
「そこらへんにビタースイートが生えていない?」
「ビタースイート? あんな苦いものを食べるのか?」
「黒く熟したものは苦いけど、まだ赤いものは渋みが回っていなくて甘いのよ。知らないの?」
リヒトはあたりを見回し、赤いビタースイートの実をいくつかむしるとジャグラに差し出した。
「つつかれて手に穴があいたりしないかな」
言い終わるより早く、くちばしから長いベロが出てきてリヒトの手のひらからビタースイートの身を掬い取った。
「ひょっ」
くすぐったいようなぞわりとするような感触に奇妙な声を出して身をよじったリヒトを見て、少女は笑った。
「お、思ったより、かわいいね」
「そうでしょう?」
少女も足元からビタースイートをいくつかむしりとってジャグラに差し出した。
「オレはリヒト。きみの名前は?」
「ユリア」
「ジャグラはきみのドラゴンバードなの? ドラゴンバードを飼っているの?」
「まさか」
ユリアは肩をすくめた。
「ドラゴンバードを飼う、なんてそんなことができるわけないじゃない」
「だって」
「ジャグラは友達よ」
ユリアはジャグラの首をなでた。
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