鉱石掘りのリヒト

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 ゴー、掛け声をかけるとユリアはジャグラと共に飛び去った。  あっという間にその姿はシルエットだけになって、空の上を滑っていく。 「大丈夫かあ」  大きなしゃがれ声に振り向くと、トワがぜいはあ息を切らせて登ってくるところだった。 「今のはドラゴンバードか? 無事か? けがはないか?」 「平気だよ」 「空にドラゴンバードの影が見えたから嫌な予感がして来てみたんだ。こんな所で何をしている」 「このあたりの鉱石は掘り尽してしまったから、それで……」 「帰るぞ」  トワは有無を言わさず、リヒトの腕を掴んだ。 「早くここを去るんだ」 「おじさん。もう、ドラゴンバードは遠くに行ってしまったよ」 「いいから早く」  よたよたと歩くトワにため息をつきながら、リヒトはトワの腕の下に自分の肩を押しこんで支えるようにして歩き出した。 「この場所に需要の高い黒曜石の層が眠っているということは鉱石掘りなら誰しも予想がついているが、実際に掘ろうとする者がいないのは地盤が緩いうえにドラゴンバードの棲む竜の谷があるからだ。そんなことはおまえだって知っているだろう」 「おじさん、ここに黒曜石があるって知っていたの?」  リヒトはがっくりした。  大量の黒曜石をこっそり掘り当ててみんなを驚かせようと思っていたのに、誰もが知ってる場所だっただなんて。 「当たり前だ。ワシも、ワシの父親も爺さんも鉱石掘りだったんだぞ。このあたりの地層は大体頭に入っている」 「今度はもっと慎重にやるよ」 「ここはだめだ」 「どうして」 「竜の谷があるからだ」 「ドラゴンバードは肉食じゃないよ」  ビタースイートをあんなにうまそうにむしゃむしゃ食べるなんて知らなかった、とリヒトはこっそり微笑んだ。  ユリアのような少女が仲良くなれるのなら、自分たちだってドラゴンバードと仲良くなれるかもしれない。  そうなれば、竜の谷を恐れる必要もなくなるはずだ。 「身の危険を感じたら普段はおとなしいものも命を懸けて戦うものだ。このあたりは火薬を仕掛けたらあっというまに地滑りを起こす。少し掘ったくらいではわからないが、固い石の層があるんだ。火薬を仕掛けて亀裂が入れば大きくずれ込んで歪を産む」  あっ、とリヒトは息を飲んだ。  さっき、足が滑ったのは傾斜のせいだけではなかったのだ。この土地そのものにもろい岩石の層が含まれているせいで崩れやすくなっているのだ。  地滑りを起こしやすい危険な場所だから近づくなというのか。  けれど、貴重な岩石が含まれているとわかりながら指をくわえて見ているのは鉱石掘りとして情けない。 「火薬の量をほんの少しにして、少しずつ掘ったらどうかな」 「おまえは賢いが、爺さんたちの教えをないがしろにしすぎる。ワシらをカビ臭い教えを守り続ける臆病者だと思っているのだろうが、その結果がこれだ」 「結果? オレは別に何も」 「ドラゴンバードを怒らせた。何か理由がない限り、ドラゴンバードは空を飛ばない」 「そうなの?」 「ドラゴンバードが飛ぶと良くないことが起きると言われるのはのはそのせいだ。やつらは滅多なことがない限り谷底から出てくることはない。おまえがここに来たことで、ドラゴンバードの怒りを買ったのだ」 「違うよ、オレは滑り落ちそうになったところを……」  ドラゴンバードに助けてもらったんだ、と言いかけてやめた。  正確には、ドラゴンバードにではなく、ドラゴンバードに乗ったユリアに助けられたのだ。  けれど、そのことをトワに話す気にはなれなかった。  ドラゴンバードを操るユリアのことは誰にも話してはいけない、そんな気がした。  ユリア。  その名前を思うだけで口元が緩むような、固い結び目が解けていくような不思議な気持ち、それが他人に知られてしまいそうで怖かったのだ。  ううん、と咳払いを一つしてリヒトは頭の中からユリアを追い出した。 「石があるとわかっているのに、掘れないなんて。鉱石がありそうな場所なんて、他にはもうないよ」  リヒトは話を鉱石に戻した。 「採り続ければいつかなくなる。必要な量だけあればいいんじゃないのか。切れなくなった刃物は小さくなるまで研いで使えばいい。身を飾る装飾品などなくても構わない。ワシはそう思うがな」 「鉱石掘りをやめろというのか」 「そういう時のめぐり合わせなら、仕方のないことだ」 「だったらなぜ、オレに石について教えた」 「ワシに教えることができるのは鉱石掘りのことだけだったからだ。リヒト、別の道を選ぶのは今からでも遅くはないし、鉱石掘りの知識もいつかどこかで役に立つかもしれない。物事は知らないより、知っていた方がいい。世の中はそういうふうにできている」 「また理屈と説教か」 「まあ、無事で良かった」  トワは節くれだった大きな手でリヒトのつややかな黒髪を撫でた。 「もしお前に何かあったら、ワシはレオに顔向けができん」 「おじさん、そんなことを思う必要はないよ」  リヒトはきっぱり言った。 「父はもうずいぶん前に死んでしまったんだ。もう何も思ったりしないよ」 「そんなことはない」  トワは目を細めてリヒトを見た。 「お前の中にいるのがちゃあんと見える。本当にお前はレオに似てきたよ。早死にしなきゃいいが」 「おじさんは心配症だなあ。そんなだからはげるんだ」 「その口の悪さもだ」  先が思いやられるよ、今までも散々だったがね、とトワはよったらよったら歩き出した。 「杖は?」 「途中で折れた」 「マジかよ。よくここまで来れたな」 「大変だったよ」 「帰ったら、新しい杖を作るよ」 「そうしてくれ」
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