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鉱石掘りのリヒト
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
村を出た時は耳が出るほど短かった髪が、今ではひとつに束ねて背中に垂らすほどの長さになった。
竜の谷に近づいてはならない。
幼いころからそう聞かされて育ったが、なぜ近づいてはならないのかは誰も教えてくれなかった。
今思えば、それは村人達の思いやりだったのかもしれない。
だがその頃のリヒトには、それがわからなかった。
だから思ったのだ。
自分は、村の人々から疎まれている。
おそらくそれは、若くして命を落とした父に関係することなのだろう。
「仕方がない。レオの息子だからな」
そんな囁きを耳にしたことは一度や二度ではない。
「ねえ、それ、どう言う意味?」
聞き返すと皆、しまったという表情を浮かべ慌てて話を逸らすのだった。
母も、母の兄であるトワおじさんも、リヒトの問いには答えてはくれなかった。
「いずれわかる日が来る」
「いずれ、っていつ?」
そんな問答を何度繰り返したことだろう。
誰も自分に、本当のことを教えようとはしない。
いつか、ここを出て行こう。
ここは自分がいてはいけない場所なのだ。
ぼんやりとそう思うようになったのはいつの頃からだろうか。
出て行くのではなく、出て行かなくてはならない羽目になるとは思ってもみなかった。
日が昇る直前の空の青さが好きだ。
凍てつくような空気の中自分の足音だけが響いている。
今日は谷の近くまで行ってみよう。
竜の谷の近くに行ってはいけないと言われていたが、今までの場所ではもう鉱石は採れなくなってしまった。
「お前は筋がいい」
そう言ってくれたトワおじさんを少しでも喜ばせたかった。
がけの縁までくるとそっと身を伏せた。地面に横たわり軽く目を閉じる。
「土の声を聞け」
そう教えてくれた父はもういない。母も昨年亡くなった。
「ピーウィイイイイイイイ」
鋭い泣き声が聞こえてはっと目を開ける。
近い。
見上げた空に大きな翼とくねくねとした長い体をもつドラゴンバードが旋回しているのが淡い影となって見えていた。
よく見るとその数は一体ではない。その影が濃く近くなってきたように見えるのは気のせいだろうか。
まずいことになった。
リヒトはあわててその場から離れようとした。
「あっ」
立ち上がった拍子にずるりと足が滑った。傾斜のせいで体が傾きバランスが崩れる。
まずい。
顔をあげたリヒトの目に映ったのは、大きな黄色いくちばしとぎょろりとした琥珀色の瞳だった。
ドラゴンバードだ。
認識した途端、射すくめられたように体が動かなくなった。
たよりなく体は中に投げ出され、視界の端に谷底が見えた。
落ちる、と思った瞬間鋭い声がリヒトの耳を打った。
「捕まって!」
はっと顔をあげたリヒトの目に飛びこんできたのは、差し出された小麦色の腕と黒い瞳を持った少女の顔だった。
「早く!」
女の子?
ばさり、羽の音が近くに聞こえる。
ドラゴンバードに女の子が乗っている。そんなばかな、と目を見開いまま差し出された腕を掴む。
引っ張り上げられる反動を利用して体を跳ね上げると、ドラゴンバードの背中に飛び乗った。
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