はじまりのくらやみ

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はじまりのくらやみ

 誰かの啜り泣く声が聞こえた。  くらやみに一人、少年が目を覚ます。鈴の音のように透き通る蒼い瞳と、晴天に浮かぶ雲のごとき白い髪。黒いシャツの上から髪と同じ白の、袖が広がる上着を着た少年は宇宙の黒に丸まっていた。  少年が腕を伸ばし、あくびを一つすると世界も時を刻み始めた。くらやみにも空気はある。風が、呼吸のようにゆっくりと吹き始めたのだ。黒い大地は広がり、黒い空は大地を包み込む。  黒く塗られた世界の一筋の光である白髪の少年は辺りを見回し、何かを呼ぼうとした。しかし、声はくらやみに紛れ、ついには粉々に砕け散ってしまう。  少年は、声もなく泣き叫んだ。  どれだけ叫んだだろう。くらやみに、ぼんやりと形ができていく。それは宙に浮かんでただただ存在していた。目を凝らすと、白と黒のふわふわとした毛並みに、小さな翠の一本角、茶色の麿眉の下に赤い瞳を持つ小型の生き物になった。  その生き物は舌を1センチほど口から垂らすと、にっこりと笑う。  「わあ、キミぼくが見えるの?」  ふわふわの生き物は明るい声を出し、少年の肩に抱きつく。少年は蒼い瞳を輝かせ、ふわふわを撫でた。  「えへへ、ぼくはカイチって言うんだ。キミは……そう、マジュエルって言うんだね。素敵な名前だ!」  カイチというふわふわは、マジュエルのくらやみに響かぬ声を聞いていた。大きな耳は彼のためにあるらしい。マジュエルはカイチに質問をする。  「ここはどこだって?ぼくにも見当がつかないよ。だって、ぼくもついさっき起きたばかりだからさ」  白髪の少年は肩を落とす。もしここが暗い暗い部屋の中ならば、電気を点けたいのに。  「電気なんて無くても、充分明るいよ。そう、キミが輝いているからさ」  マジュエルは自分の手を見つめる。自分の周りだけ白く輝いていることに気が付いた。この光は自分のものなのだろうか。少年は屈み、足元を撫でてみる。手の神経にツンと当たるものがあった。  それは白く光る蒼い石……ラリマーのような、琥珀のような石。少年は温かな白い光を胸に抱く。体に染み渡る温もりに熱り、頬が和らぐ。  ラリマーはマジュエルの鼓動に溶かされ、一人の青年になる。獅子のような金色の髪を持ち、大きな瞳は情熱を水晶するかの如く不思議な輝きを放っていた。少年より25センチは高いだろう背丈で、優しく彼を包み込む。  マジュエルは青年の心の音を聞き、応える。輝いていたのは、キミだったのか、と。  青年は頷くとカイチに耳打ちをする。ふわふわは声をくらやみに響かせた。  「マジュエル、彼の名はグロウ。いつでもそばに居る、キミの影のような光……だって。ただの石ころからヒトを作り出せるなんて奇跡だよ」  マジュエルは、大きなグロウの手を握ると、ぶんぶんと振り歯を見せて笑った。  「でも、キミはこのくらやみの中に居るだけでいいの?蛍火<グロウ>があるなら、くらやみから出られるよ」  確かにカイチの言う通りだ、ぼくはきっとここから出なければならない。と白髪の少年は思ったのだ。それは、この場所で待つだけで何かが変わると思わなかったからだ。それどころか、くらやみに自分自身が溶けてしまいそうだと本能で感じたからである。  マジュエルを見つめていたグロウは、右手を自身の胸にかざし、仄かに揺らぐ光を生み出す。彼は、果ての無いくらやみに蛍火の光の道を作り出した。  強い信念を抱く赤い瞳のグロウ。彼はマジュエルの背中を優しく押し、光の先を指さす。  光の先はどこに繋がっているのだろう?マジュエルは、不安とともにぎこちなく歩き始めた。
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