鉱石と異次元、そして入り口

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鉱石と異次元、そして入り口

 琥珀の蛍火の向こうは、黒の世界だった。しかし、くらやみと違い、光を受けて輝く青白い『何か』がそこかしこの壁に散りばめられている。グロウの光が消えても『何か』の輝きは失われることは無かった。  マジュエルは、それを『鉱石』だと認識した。手で触れると冷ややかで、爪を立ててみると砕ける脆いものだった。カイチにはただの光る岩石に見える。それでも、マジュエルは『自分にとって有用な資源である岩石』であると思ったのだ。  鉱石と黒の世界は、少し狭かった。例えるなら、学校の開けた敷地から教室へ移動した時のような閉塞感がある。くらやみが広く感じるほど、視認できる壁がある世界は狭いのだ。狭い世界はドーナツのようにぐるりと円の壁を作り、外側の壁には洞窟の入り口やガラスの扉、茨で覆われた穴など、不思議な新たな世界への入り口と思わしきものが見えた。  グロウは、茨をかき分けて進もうとするマジュエル少年を慌てて引き止める。その様子を見ていたふわふわのカイチはというと、小さな黒い鼻をヒクヒクとしきりに動かし辺りを見回し始めた。  「なんだかヒトの匂いがするよ。だけど、なんだろう……雪のような、太陽のような不思議な匂いもするんだ」  カイチはぐるぐると回りながら匂いの元を探ろうとしていたが、三十秒ほど後に、目を見開き急に駆け出した。マジュエルたちはそんなカイチに導かれ、走り出す。  扉や入り口らしいものの無い、まっさらな鉱石が輝く壁に向かってカイチは声をかけた。  「ねぇ、キミは誰?ぼくたちがこの場所にたどり着いた時からずっと見ていたよね。姿を見せてよ」  「ああ、ふわふわの生物くん。君たちをよく見ていたかっただけなんだ。気を悪くしてしまったら申し訳ない。さあ、挨拶をさせていただこう」  謎の声が辺りに響くと、壁から手が現れる。五本指の人間の手の上に白いシルク製らしい手袋をしていた。マジュエルは差し伸べられた手に、自身の手を重ねる。すると、彼は壁の向こうに消えてしまった!  カイチが、あいつがマジュエルを消した!と泣き出す暇もなく、グロウはマジュエルたちの後を追ってまっさらな壁に突撃した。壁だと思っていたものに固い感触はなく、グロウが足を踏み入れたのは新たな道だった。ぼんやり青く光る空間に、星型に象られた鉱石がまさに星の数だけ浮かんでいる。その中に、白髪の少年を見つけた。隣に立っているのは、三日月だ。半分が黄、もう半分が黒くなっている三日月頭の男が立っている。更に彼は目の色が左右で違うのだ。警告の赤と海の青が輝く。その瞳はグロウに向けられた。  「マジュエルくんは無事だよ。私は何もしていないからね。いや、私から引き込んだから何かはしているのだが。とにかく、ようこそ我が『異次元』の間へ」  マジュエルは三日月男の頭に興味津々だ。遅れてやってきたカイチが三日月男を見るなり、頭に突進する。  「誘拐犯は許さないぞ!この、この!」  グロウの制止を振り切ったふわふわが、ゴム毬のように何度も三日月頭の頭に跳ね続けると、三日月男は「あっ」と声を上げた。  頭がゴロリと首からずれ、重力に従って落ちる!その瞬間にマジュエルは大きな三日月頭を抱きとめた。  「ふわふわくん、紳士ならば名乗るべきであるし、決闘も子供の前で行ってはならない。わかるね?」  マジュエルに感謝を述べながら三日月男は自分の頭を受け取り、首の上に載せる。カイチは少し膨れた頬で応えた。  「ぼくはカイチ。こっちはグロウ。キミは?」  「私はディメンション。異次元を通じて世界を行き来している者だ。キミたちについては、マジュエルくんから聞いたよ。先程のことは、私の無礼だった。申し訳ない」  ディメンションは背筋をピンと張り、胸もとに手を当て礼をする。今までの誘拐犯という印象を覆すような仕草に、カイチは怯む。いや、まさか、そんなこと。ぼくは許さないぞ、と彼はひとりごちた。  グロウはそんなカイチを見てディメンションに歩み寄る。右手を差し出すと、手を重ねてもらい握手をした。見ていたマジュエルは嬉しそうに真似をしてディメンションと握手をする。  「では、これからは影から見守らせてもらおうか……。カイチくんが許さなくても、私には私の興味関心があるのでな」  そう言い残すと、マジュエルの足元の影にディメンションが吸い込まれるように消えた。静まりかえった空間には二人と一匹だけが息をしている。  「ああ、清々した。なんだか胡散臭いよ、あの三日月頭。早く元の鉱石の空間に戻ろう」  「カイチくん、私は姿を消しているけれど聞こえているからね」  カイチは、その場で愕然とした。
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