冬の蝶々

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ずけずけと眞龍寺成生は用件を訊ね、父は扉越しにひどく恐縮した声で「はい、『御殿さま』のご用件も終わりましたので、お暇いたします」 そのこたえに眞龍寺成生は不愉快そうに口を曲げてそっぽを向き「行けよ」とひとこと言った。わたしはソファからおりて歩を進めようとしたが、なぜか、瞬間接着剤で靴底を床に張りつけられているみたいになってしまう。「あの、成生さま?」  「なんだよ」  「今度来るときまでに、『あんず』に話をしておいてくれるんでしょ」  やっと成生さまはこちらに目線をよこして「あぁ」と首肯する。「次はいつ来る?」  「あした」  「おれは明日、夕方からしか身体があかんぞ」  なんでおれのスケジュールに合わせないといけないのかよくわからないままに「わたしだって、学校終わってから来るもの。どうしたって夕方だわ」  「わかった」成生さまはにっと笑って「かならず『案主』に話をつけといてやる」  「ありがと」ようやく動くようになった足で踵を返しかけて、わたしは肩越しに成生さまを見る。「ねぇ、『あんず』の名前って、大島さん?」  「ちがう。おまえ村上春樹の読みすぎだ、文学少女」
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