冬の蝶々

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 まるっきり、迎賓館か博物館か美術館みたいな正面玄関を、父はわたしを同伴したまま、せかせかと足早にくぐりぬけ「香織、いやな目に遭わなかったかい?」と非難がまし気に言った。わたしはいつもの、一族中が誉めそやしてくれる徹底的にほがらかな微笑をうかべる。「いやなことなんて、なにひとつだってなかったわ。『あんず』に頼んで、古文書をみせてもらうことになったの」  「……まさか、成生さまにお願いしたのかい?」  「そうよ。いけなかったかしら?」わたしはますます笑みをふかめる。それとは裏腹に、さらに深刻味を増していく父の顔。「ふつう、『案主』が管理している古文書は、御殿さまと御次さま以外には竈様しか閲覧できないはずなんだよ」  「あら」わたしは目をしばたかせ「『かまどさま』って、眞龍寺の当主のお嫁さんのことでしょ?」とあえて訊ねる。「お母さまをムダに喜ばせちゃいそうね」
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