冬の蝶々

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いつもなら、ぼんやりと霧がかかっている夢想の相手は、あの昏い眼をした王子になっていて、わたしはあやうく階下にまで聞こえそうな喘ぎをもらしそうになる。全身を貫く、お馴染みのはずのちいさな死は今夜やけに強烈で、ほんとうに幽冥の沼に沈んだように、背はベッドに深くめり込んでいく。ひどく汗ばんでいる肌からは、やけに甘ったるい生々しい匂いが漂っていた。 「あぁ」 わたしはきつく目をとじ、あさましい我欲を満たしたことに悔いを覚えながら、けだるい眠りに落ちていった。 そうして気づくともう外では、雀が元気にさえずっている。時計を見ると四時三十分。「やだ!」 わたしはすぐさま床に揃えておいたスリッパをはき、身支度を始める。制服、靴下、校章が刻印された黒い革の鞄。家政婦とお母さまが作り置きしているおかずをお弁当箱に詰めて、赤と白のギンガムチェックのランチバッグに入れる。制服に着替え、髪をとき、ベレー帽をかぶる。そして始発の江ノ電に飛び乗り、鎌倉駅まで揺られていく。
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