冬の蝶々

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木の板に射しこんでくるきれいな朝の光。車窓からは江の島と海岸と相模湾。一緒に乗り合わせているのは、稲村ジェーンを追い求める数々のサーファーと、レンバイに地元の野菜を売りに行く農家の家族連れ。わたしはボックス席の一角にすわって、読みさしの文庫本のページを繰る。 鎌倉駅に到着すると、昇降客は一気に増える。わたしは文庫本を革の鞄にしまい、ネズミ色や紺や黒のスーツの合間をすり抜けて、国鉄のホームまで走っていく。そして周囲を注意深くうかがいながら、ホームに滑りこんできた電車に飛び乗る。そこでようやく鞄とランチバッグをぎゅうと抱きしめて、長い息をつく。ふたたびまわりを見回して、またほっと息をつき、やっとわたしは座席の手すりにしがみつく。 電車は石川町の駅についた。サラリーマンたちといっしょに吐き出されて、わたしは改札口に流されていく。駅員に定期をみせ、ごみや前夜の吐瀉物でアスファルトを汚した、狭い駅前の道に這いだす。繁華街がちかいからいつも道はこんな態で、気分はつねに滅入っているが今日はなおさら、足が重い。
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