冬の蝶々

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こらえるために、わたしは大きく息を吸った。そこへまるでタイミングを見計らったように、耳にふきこまれる忌々しい声。 「香織ちゃん」 菅野。ぎくりと竦んだところをうしろから抱きかかえるみたいにされると、固くこわばりついた器官が背中に押しつけられた。吐き気と眩暈で足がふるえる。「さ、理科室に行こうか」 カーテンの閉め切られた、暗くてじめじめした教室。壁一面に置かれた棚に並べられて、うつろな目をさらしている動物たちの、うっすらほこりをかぶった標本が視界に入り、わたしはじぶんもそのなかの一体になったような心地に陥る。 「さ、香織ちゃん。さっそく実験の準備だよ」 教壇の肘掛椅子にいそいそと腰をおろした菅野は、すぐそこに突っ立ったまま無言でいるわたしに手招きする。「ほら、ぼくのおひざにおいで。香織ちゃん。あんなハゲのおっさんより、ぼくのほうがきみを気持ちよくしてあげられるよ」
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