冬の蝶々

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「そうだ。そこに扉があるだろ」男が指さした先には、廊下につながる大きい扉とはべつに、たしかにちいさな扉があった。「『案主』はあの奥にある古文書の管理や編纂をしている。なにせ千百年分だからな、人を雇わんとどうにもならん」 「千百年?」 「あぁ、眞龍寺の家が興ってから、ずっとだからな」 「えぇ?」わたしは男をふりかえって「読みたい」と訴える。 「読みたい?古文書をか?」まん丸い眼をさらにまん丸くして男が問い返してくるのに、わたしはすぐさま、うなづいてつめより「だって、千年もまえのひとが何書いてたか、気にならない?わたしはすごく興味ある」 すると男はあごに手をおき、しばらくどこやらへ視線をやってから「わかった。『案主』に話をつけといてやる」 「ほんと?ありがとう!」直後、わたしはものすごく狭まっていた距離に気づいてぱっと男から身を離し「ご、ごめんなさい」とちいさくなった。 「謝る必要なんかない」男は微笑んで「おまえみたいにきれいな女にそばにこられて、うれしくない男なんていない」と歌うように言った。わたしは思わず息を呑む。 「あなた、よく、そんなことすぐぺらぺら言えるわね」
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