冬の蝶々

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「あなただって変わってるわよ、王子さま」ついわたしはくちびるをとがらす。 「なんだよ、王子さまって」背もたれによりかかって、男は下からわたしを見上げる。「バカにしてんのか」 「だれがバカにしてるひととこんな真面目に話すのよ」わたしはしぜんに男の顔に顔をおもいきり近づけて「すっごくえらそうなのに、それがさまになってて断れないから、王子さまって言ったの!」 「ふぅん」男はいちど窓の外へ目を遣ってから、悠然とわたしをふりかえる。 「なによ」 「おい、文学少女」 「ぶ」やにわにつけられたあだ名があまりにも直截すぎて、ついわたしは「文学少女じゃないわよ。ちゃんと、寺庵下香織って名前があるわ」とピンポンみたいに言い返していた。 「そうか」男はにやっと笑う。虎が闇夜に笑うような、不敵な笑み。「おれは眞龍寺成生」 総毛だつ、とはよく小説に見受けられる表現だけれど、それを実際に体験したのはこのときがはじめてだった。永久凍土なみにかちんこちんに固まりつきながら、わたしは男を指さす。「あ、あ、あなたが、し、しんりゅうじ、しげお?」 「なんだよ。おれが眞龍寺成生じゃ、なんかまずいのか?」
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