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「いやいやいや、そうじゃなくって、えーと」
完全にヒューズのとんでいる頭でなんとか気の利いた文言をひねり出そうとするが、ぜんぜん回路がつながらない。「もう、やだぁ」
顔を覆って深くうつむくと、眞龍寺成生は背もたれに両肘をおいてのけぞりながらげらげら笑い「おまえやっぱり面白いなぁ、香織」とさっそく呼び捨てにしてきた。
「ねぇ、手下の娘だからって、いきなり呼び捨てはどうなのよ?」
指のすき間からにらみつけてやると「おまえの親父はおれの手下じゃないぞ。おれの親父の手下だろ」と眞龍寺成生は屁理屈をこねた。
「なに言ってるのよ。あなたのお父さんの手下ってことは、あなたの手下じゃないのよ」
「それはちがうな」眞龍寺成生は皮肉らしく片頬をゆがめ「おれは『御次さま』でもなんでもない。たまたま今の『御殿さま』の息子ってだけだからな」
そう身の上を語るときの彼の眼は、また先刻のこの世の涯を歩くひとのまなざしを宿していて、ついわたしは吸い寄せられてしまう。竹の葉のさらさらいう音が聞こえそうで。おぼろな月明かりが清かに降ってきそうで。
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