過去・その4

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俺は、耀(よう)の方へと向き直る。 鏡の床にその身体を横たえ、荒く息を吐く彼女の様を見遣る。 その姿は例えようも無く美しく、比類も無く淫らなものとして俺の眼に映った。 交わりを終え幾許も経たぬその身体には悦楽の熾火(おきび)が残っているようであり、その様は俺の欲情を改めて掻立てつつも、抱きつつある決意を固めさせるものであった。 今、この刹那こそが、耀(よう)の美の盛りなのだと俺は改めて確信した。 俺は耀(よう)に向け、こう語り掛ける。 「耀(よう)よ…。 お前に、たっての頼みがあるのだ」と。 耀(よう)は床に身体を横たえたままで、その顔を緩やかに俺の方へと向ける。 その意識は半ば朦朧としたままなのであろうか、黒々たる瞳は胡乱な色を帯びていた。 然れど、その顔には溢れんばかりの喜色を湛えてもいた。 喘ぎつつ、歓喜にて上擦ったかの如き声音にて耀(よう)はこう言葉を返す。 「何で、ございましょうか…? この耀(よう)、若様の御為ならば…、何なりとも致します! 何なりと、何なりとも、この耀(よう)にお申し付け下さいませ! 若様がこの耀(よう)に何かをお求めになられること、何かをお命じになること。 それこそがこの耀(よう)にとって、何者にも替え難き悦びにて御座います! 若様に必要とされることこそが、耀(よう)がこの世に在る意味なので御座います!」 そして耀(よう)は、その片腕をゆっくりと俺の方へと差し伸ばしてきた。 俺に向けて差し出された耀(よう)の掌は、細かな震えを帯びていた。 その様からは、彼女が抱く歓喜がしっとりと伝わり来るかのようだった。 俺は手を伸ばし、耀(よう)の掌を強く握り締める。 耀(よう)は息を呑み、そして俺の掌を握り返す。 その掌はじっとりと汗ばんでいて、滾らんばかりの熱を湛えていた。 俺の掌を握るその力は驚くほどに強く、俺への執心が如実に伺えるようだった。 ひしひしと伝わり来る耀(よう)の執着は、俺の心をより一層固めさせる。 心を決めた俺は、耀(よう)に向けてこう語り掛ける。 黒々とした、虚に満ちたその瞳を覗き込みながら。 「耀(よう)よ…。 今、此処にて死んでくれぬか?」と。
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