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知宣はしきりに首を捻る。確かに、白頭巾の語った天下を作り上げたら、ぼんくらな秀次は思った政治ができなくなる。下手すると後継者の座を追われかねない。自分の手で政権から追い払えないのは残念だが、今の話であればいずれはそうなる。
「今のままでは尾藤殿は歴史の舞台から完全に消え去りますぞ。それに対して秀次は豊臣政権の二代目として、その後政権を追われたとしても名は残る」
知宣の顔から夢見るような表情が消えた。代わりに、頭から冷水をかけられたような、そんな険しい表情が浮き出た。
今の自分は秀吉の帷幕の末席に座ることさえ、許されない身だ。残念に思う気持ちが、再び秀次を恨みに思う気持ちを増大させる。
心の中に火がつき、黒い炎が噴き上がった。
「わしの半生が雑兵と変わらぬものに成ると申されるのか?」
「いかにも。これから起こることが偉大なほど、これまでの尾藤殿はいなかったも同然の存在と化すのです」
知宣は下を向いた。両手でお椀を持つようにして、手のひらをじっと見つめた。
よく働いた手だった。
他の者は知宣を軍際に長けた知謀の士と称したが、そんなことはない。秀吉のためにいつも忙しく動かしていたのは、頭ではなく今見ている両手であり両足であった。
それが全て後生には伝えられぬ。
無念だった。
そんなことが許されていいはずがない。
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