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「梨音!」
声をかけても、梨音からの返事はない。声が届かないように見える。
素振りをしていた少年を見ると、棒を落として梨音と同じように頭を押さえていた。
呆然としながら梨音を見ていると、やがて彗星は真上から東の空に移動した。
梨音は楽になったみたいで、頭から手を離して、深呼吸をしている。
「大丈夫か?」
「ええ、頭が割れるような痛みに襲われて呼吸も苦しくなったのですが、もう大丈夫です。痛みも治まりました」
確かにもう梨音は大丈夫そうだ。特に身体に異変もなさそうだった。
勝悟は棒を振っていた少年のことが気になった。
やはり、梨音と同じようにもう頭を押さえていた手を離し、呆然と立ちすくんでいる。
「君も大丈夫か?」
勝悟が心配そうに訊くと、少年は振り返った。
この怪異な現象に思考が追いついてない様子だった。
「身体は――」
変わりないかと言いかけたところで、急に強い雨が降り始めた。
雨に濡れて少年は何かを思い出したような顔をした。
「いけねぇ。母ちゃんが心配だ」
少年はいきなり走り出した。
「あれだけ走れれば大丈夫でしょう」
梨音が少年の走りっぷりを見ながら、少年に代わって勝悟の心配に応える。
雨が一層強くなり、ついに提灯の火が消えた。
周りが真っ暗になり、梨音の顔もよく見えない。
「家に急ぎましょう。母上が心配してます」
梨音が急き立てるようにして、勝悟を家路につかせる。
富士山噴火が巻き起こした大地震によって時限漂流しただけに、天変地異の類いには思わずナーバスになったが、元気な梨音の姿を見て、勝悟はひとまず安心して家路を急いだ。
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