うまれるまえにしんでいる

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 私は商店街の皆に手を振ると駆け出す。商店街のはずれから駅を背にして十分ほど歩くと私の住んでいる家が見えてくる。木造二階建てのアパートで随分と古めかしい見た目をしている。金属製の外階段は登るとぎしぎしと音がするし部屋の中は扉や窓を閉めていても風が吹き込んでくる。でも、私はこのアパートを結構気に入っている。  お父さんと二人きりだから部屋は狭くてもいいし、お父さんとも距離が近くなった気がして私は好きだ。アパートの古さはどこかアニメに出てきそうな見た目で可愛いと私は思う。アパートの開きっぱなしになっている門をくぐると一階の部屋からスウェットの上にダウンジャケットを着た男の人が顔を出した。ぼさぼさの髪の毛で前髪の間からわずかに覗いている目がこちらをのそりと見た。 「こんにちわ! 健司さん」  元気よく挨拶するとのそりと小さく手を挙げて答えてくれる。そしてすぐに扉を閉めて部屋に戻ってしまう。健司さんはいつも部屋の中に居て外に出ているのはごみ捨てをしている時ぐらいだ。健司さんを見送って外階段に向かう。私の家は二階の端にある。階段に足を掛けるとギイと階段が金属音を鳴らす。テンポよく階段を登るとギイギイギイと音が鳴って音楽みたいで楽しくなってしまった。  階段を登りきると目の前に人が立っているのが見えた。金色の髪に冬なのに下着のような薄いキャミソールと短いスカートを履いている女の人だ。 「こんにちわ! 澪さん」  澪さんはけだるそうに頭を掻くと小さな袋を取り出して私の胸元に突き付けてくる。すでに両手は荷物でいっぱいだったが何とか受け取る。綺麗な白い紙袋にリボンが付いている。 「あんた、今日誕生日だろ。そろそろ使ってもいい頃だろ」  紙袋の中を覗くとピンク色のリップが入っていた。私は自分の表情がパッと明るくなるのを自覚した。 「ありがとう!」  私が言うと澪さんは唇を歪めて小さく笑うと私に背を向けて自分の部屋に戻っていった。私は皆にもらったプレゼントとおめでとうの言葉で胸いっぱいになりながら自分の家に入った。お父さんはまだ帰ってきていないらしくもらったプレゼントを部屋に置く。食材は冷蔵庫にしまう。  いつもは私が料理を作るのだけれど、今日は外で買ってきてくれると言っていたので飲み物の準備だけする。ヤカンに水を入れて火にかける。お湯が沸いてお茶っ葉を入れた急須にお湯を入れたぐらいで玄関が開いてお父さんが帰ってきた。 「お父さん!」  私はヤカンをコンロに戻すと玄関に駆け足で向かってお父さんの足に抱き着く。 「ゆか。ただいま!」   お父さんは私を抱え上げると顔を見合わせた後、ぎゅっと抱きしめてくれる。体と心がほかほかとした。 「誕生日おめでとう! 今日はごちそうだぞ!」  手に持っていたケーキとスーパーのオードブルセットを掲げてお父さんが言う。二人で料理とケーキを小さなちゃぶ台に並べてお茶を準備する。ケーキにろうそくを立てて部屋の電気を消す。薄暗い部屋にろうそくの明かりがぼんやりと灯る。 「何か願い事を」  お父さんが言うので私はちょっと考えた後に言った。 「ずっとお父さんと一緒に居られますように」  ふっと息を吹きかけてろうそくを消す。お父さんは涙をこらえているのか顔をくしゃくしゃにしていた。 「ゆか。あらためて誕生日おめでとう」  横に置いてあった紙袋を渡してくれる。 「開けていい?」 「もちろん」  紙袋をあけると中から薄い黄色のカーディガンが出てきた。 「うわー。可愛い! お父さんありがとう!」 「あんまり良いものじゃないけど」 「ううん。私、本当に嬉しいよ」 「着てみてくれないか?」  カーディガンに袖を通してお父さんの前で回って見せる。 「思った通りよく似合う。可愛いよ」 「ありがとう!」  私は全身で喜びを表現しようと両手を広げて小さく飛び跳ねる。そんな私を見てお父さんはまた笑った。 「さあ。ケーキを食べよう」  ケーキはとても美味しかった。買ってきてくれたオードブルもとてもとても美味しかった。いろんな人にお祝いしてもらって、美味しいものを食べて、素敵なお洋服を貰って、きっと私は今日世界で一番幸せなんじゃないかと思う。  ケーキを食べ終わるとお父さんが立ち上がって私のすぐ後ろに座って両手を体に回して抱きしめてくれる。おとうさんの両手に手を添える。背中がお父さんの体温でとても暖かかった。
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