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前世の記憶
グッドウィン公爵家次女として生を受けたカテリーナは、物心がつく前から理由の分からない違和感を抱いていた。
時折自分が自分でなくなるような妙な感覚。
例えば、神学の授業後に参考書を読んで自主勉強をしている時は、「私が本当に読みたい本はこんな神学の本じゃない」と思ってしまったり、家族で食事をしている時は「こんな綺麗な料理じゃなくて焼き肉丼を食べたいな」という思いが浮かんでくるのだ。
普段では考えたことがない思いが突然、頭の奥から浮かぶ度にこれは一体どういうことかと、首を傾げていた。
その違和感の理由が分かったのは、十三歳になった頃。
次期王太子と目されている、第一王子様の婚約者に自分が決定して両親と一緒に登城した時だった。
幼い頃から、何度も王子様と顔を合わせて会話していたが、前回のお茶会は体調を崩して欠席したため国王夫妻と王子の兄弟には一年以上も顔を合わせていない。
久し振りにお会いする王子様は素敵になられたのかと、カテリーナは期待に胸を膨らまして廊下を歩いていた。
緊張の面持ちで両親に続き上座に座る国王と王妃へ挨拶をし、国王夫妻の隣に立つ婚約者となったばかりの王子様へ視線を移す。
光の加減によって輝く銀色にも見える淡い金髪、青空を切り取ったような青色の瞳をした、年頃の令嬢達が憧れる、物語の王子様そのものという美少年と目が合った瞬間……カテリーナの全身を電流が走り抜けた。
「カテリーナ、どうした? ランドルフ殿下にご挨拶しなさい」
「あ、失礼しました。お久しぶりです、ランドルフ殿下。カテリーナでございます」
父親に促され我に返ったカテリーナは慌ててドレスの裾を持ち、引きつった笑みを作り挨拶をする。
カラカラに乾いた喉から絞り出した声は掠れていて、自分でも恥ずかしくなるくらいみっともないものとなった。
“ずっと抱いていた違和感は前世の記憶が断片的に蘇っていたから”
王城から公爵家の屋敷へ戻って直ぐに倒れたカテリーナは、その後高熱を出して丸一日寝込むことになった。
目覚めた後、体の怠さをあったものの今まで胸につかえていたものが取れて、気分だけはスッキリしていた。
今の自分と前世の自分、分かれていた意識が混ざり合って落ち着いたのだろう。
前世のカテリーナは今世のカテリーナよりずっと大人で、彼女の記憶から異世界転生、ヒロイン、悪役令嬢、お決まりの婚約破棄される展開という言葉と知識を得ることが出来た。
この世界が前世の記憶にある、ヒロインが見目麗しい男子達から好かれるシナリオとなるのか、シナリオは漫画なのか小説なのかゲームなのか。それすらカテリーナには分からない。
けれども、魔法がある世界、公爵家令嬢で王子の婚約者という立ち位置、赤みを帯びた金髪に吊り目も相まってキツイ性格に見える外見から、自分が『悪役令嬢』の立ち位置なのは間違いないと確信した。
けれども、魔法がある世界、公爵家令嬢で王子の婚約者という立ち位置、赤みを帯びた金髪に吊り目も相まってキツイ性格に見える外見から、自分が『悪役令嬢』の立ち位置なのは間違いないと確信した。
手鏡に映る自分の顔を見詰めながら、蘇ったばかりの前世の記憶を手繰り寄せる。
毛先に行くにつれオレンジ色になり、毛先がくるんとカールしている漫画アニメ仕様の髪型、キツイ印象を与える吊り目、高い鼻に紅をさしていないのに紅い唇……誰が見ても文句なしの美少女が鏡の中にいる。
(“わたくし”は“私”と全く違う。今まで通り、カテリーナをやっていけるのかしら?)
前世の“私”は地方都市の平均的な家庭に生まれ育ち、真面目な外見と性格から小学校高学年から高校三年生までほぼ毎年、クラスメイトからの推薦でクラス委員をやっていた。
真面目な性格ゆえに、求められれば親教師友人の期待を裏切ることは出来ず、しょっちゅうお腹が痛くなっていた。
勉強が趣味なのでは、と影で嘲笑されていた地味で真面目な“私”。
ストレス発散方法はイラストや漫画を描くこと。そう、所謂創作女子だったのだ。
創作活動で得た、悪役令嬢はヒロインに嫉妬して婚約者から婚約破棄されるというテンプレな知識。
婚約破棄されるのも修道院行きはいいとして、処刑されるのと実家が没落するのは絶対に避けなければならない。
鏡の中の自分とにらめっこをしながら、カテリーナは今後の人生展開を何度もシミュレーションして組み立てる。
すでにランドルフとの婚約は成立してしまった。
婚約前なら兎も角、今更「婚約者を辞退したい」とは言えない。
これから先は婚約者の役割を最低限こなしていき、何時でも婚約が解消出来るように万全の準備をしておかなければならない。
(目指すは、お父様から領地の一角、出来るだけ王都から離れた辺境の地を譲り受けてスローライフすることね。王子様は眩し過ぎて好きにはなれないもの。よくある悪役令嬢ものの舞台になるのは学園でしょう。私と王子様が王立学園へ入学するまであと二年あるわ。王子様と交流するのはほどほどにしておこう)
息を吐いたカテリーナはテーブルの上へ手鏡を置いた。
決断してしまえば、それからの行動は早かった。
普段の勉強の合間に、父親について領地の視察へ行き領地経営を見て学んだ。
王子様との交流は、少なすぎて周囲を心配させないために二週間に一度は顔を見せに行き、婚約者の義務は果たした。
上辺だけの会話では仲良くなれるはずも無く、王子様もカテリーナ同様義務だけで交流しているという雰囲気を隠そうとしないため、お互い必要以上に仲良くはなれない。
騎士団員と剣術の稽古をしている姿を見ても、キラキラした正装姿の王子様を見ても格好良いとは思っても観賞用、俳優や物語のヒーローを見ている気分で彼に接していた。
時期が来れば婚約破棄される相手だと割り切っていたからか、王子様へ憧れや恋慕といった甘い感情を抱くことは全くなかった。
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