死にやすい領主様

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「はあ、スリあるか。まるですばしっこいネズミね」  ノキシスがずれる眼鏡を動かし、後ろ手に縛られた少年を見下ろす。  ぼさぼさの黒髪に、やせ細った身体の少年だった。  折れそうなほどに細い手首で懸命にもがき、敵意に満ちた目をぎらつかせている。  おー、こわい。ノキシスがのん気な声を上げる。  透かし彫りの扇子をぱちりと鳴らし、大人二人がかりで押さえつけられている少年の鼻先へ、それを向けた。 「お前、これが初犯あるか?」 「それが、何度もスリの現場を見ていまして……」 「お前に聞いてねーある。わたし、こいつに聞いてるね」 「し、失礼しました!!」  ぎろりとずれた眼鏡に睨まれ、答えた男が竦み上がる。  悔しげに歯噛みした少年が、ますます瞳に敵意を燃え上がらせた。 「うるせぇな!! お前のせいで、母さんの薬代も払えないんだ!!」 「こ、こら! サミュエル!!」 「ほーん、母さんの薬代、ね」  ばさり、広げた扇子でノキシスが口許を隠す。眼鏡が光り、うさんくさい見た目に拍車がかかった。  少年サミュエルを押さえる男が、顔面を蒼白にさせる。 「りょ、領主さま! どうかサミュエルを見逃してください! こいつの母親は、はやり病で……!」 「お、おい!」 「見逃すか見逃さねーかは、わたしが決めることある」  ぱちん! 再び音を立てて閉じられた扇子が、サミュエルの眼前に突き出される。にたり、ノキシスが口角を持ち上げた。 「お前、家どこね?」 「い、言うもんか!!」 「はあ。おい、そこの。こいつの家に医者連れてくある」 「……は?」  扇子で差された隣の男が、ぽかんと間抜け面をさらす。  ――この領主は、今いったい、なんといった?  一向に動かない彼等に、ノキシスの眉間に皺が寄る。びしりっ! 戸口へ扇子が向けられた。 「なにしてるある! とっとと行くある!!」 「は、はい!!」 「いいか! この領地にあるもの、全てわたしのものね! 石ころ一個無駄にしないよ! わたし守銭奴ね!!」  飛び出した男目がけて怒声を張り、ノキシスがぶんぶん扇子を振り回す。  疲れたようにため息をついた彼が、労わるように自身の肩を扇子で叩いた。ため息をつきながら、唖然としている少年を見下ろす。 「治療費後払いね。働いて返すある」 「は、はあ!? 金取るのかよ!?」 「当たり前よ! 世の中ビジネスね! わたし慈善事業しない主義ある。きちっと支払ってもらうある!」 「先に言えよ! そんな金、どこにもっ」 「だーから、働けって言ってるある!!」  涙目で震えるサミュエルへ再び扇子を突きつけ、ノキシスが呆れた顔をする。  ずれる眼鏡越しに細められた目は、うさんくさい印象を加速させた。 「盗んだ金なんて、ほしくないね。雇ってやるから、きりきり働くある」 「はあ!? だ、誰が悪名高い領主のところで働くかよ!!」 「わたしに借金してるくせに、随分活きのいい口ね。お前みてーな細もやし、他にどこに働き口があるか? ん?」 「ぐっ」  悔しげに口ごもるサミュエルから扇子を退け、にんまり、ノキシスが笑みを浮かべる。  ずい、うさんくさい笑顔が近づけられた。 「コマネズミのように働くある。毎日毎日こき使ってやるある! いっひっひ!」  あやしい高笑いを上げる領主に、サミュエルが絶望した顔をする。  このうさんくさい話し方と見た目の男に捕まって5年後、サミュエルは別系統の悩みに振り回されることになるのだった。
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