豚と根菜の味噌スープご飯と捨てられたもの ③

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 何回か通り過ぎてしまってから、俺はやっとの事でその店を見つける事ができた。  前回鈴代と響ヶ町神社に来た時、確か帰りに汁かけご飯の店に寄ったのだ。  チェーン展開している喫茶店を目印に探していたら、いつの間にか喫茶店は潰れてしまっていたようで、ガラス張りの店内では何人かの作業員が大掛かりな改装工事を行っていた。  スープご飯の店「音の食堂」  そうそう、確かここだ。  濃い緑色の板に白い文字で書かれた小さな置き看板を見つめて、俺は一人頷いた。  以前来た時は昼時で、もう日も落ちたこの時間はどうだろうか、と思っていたけれど、営業はしているようだ。  狭くて薄暗い階段を俺は慎重に下りていく。  なかなか入り難い店構えではあるが、古くて落ち着いた内装に鈴代が喜んでいたのを思い出す。  丸いドアノブを回してドアを開けると、はめ込まれたガラスがガタガタと小さく揺れた。  そしてその向こう側に重いドアがもう一枚。  俺はその金属製の扉に手を伸ばしかけて、ふと動きを止めた。  手書きで書かれた白いプレートが、黒いドアの前にぶら下がっていたのだ。 『本日のライブ    時田 孝之助 弾き語り    井上 潤子/斉藤 佳子 Duo……』     ライブ……。  そう言えば、店の隅にドラムセットが置かれていたのを思い出した。  飛び込みの客が気軽に入れるようなものなのだろうか……。  少し迷ってから、俺は扉に手をかける。  俺はどうせ、もう少しでこの地を去らなければならないのだ。  今更人の目を気にして何になるだろう……。  それに「弾き語り」に何となく心惹かれるものがあるのだ。  学生時代に買ったアコースティックギターは、結局どこへやったのだっただろうか……。  得意になって周りの友人達に弾き語りを披露していたのを思い出す。  結局、鈴代に聴かせてやる事はなかったが……。
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