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「お待たせ致しました。『豚と根菜の味噌スープご飯』でございます」
何だかのほほんとした顔の女性店員の言葉に、俺は彼女の運んできたトレーの上に目をやった。
緩やかな湯気が立つ小洒落た白い器の中では、具沢山の薄茶色いスープが静かに揺れている。
どんぶりと呼ぶには可愛らしい、丸みを帯びた白い器に、添えられた小ネギの緑がよく映えていて、何だか俺は少し気恥ずかしくなった。
七味唐辛子をトンっと振りかけてみると、細かな豚の油の粒が浮いた美味そうなスープの上にゆっくりと広がっていった。
豚肉、大根、にんじん、ごぼう、じゃがいも、玉ねぎ、油揚げ、そして斜め切りにされた長ネギ。沢山入れられている具材にはしっかりと出汁の味が染みている。
野菜の甘味と豚肉のコク、それらの旨味が溶け出した深い味わいのスープを啜ってみると、ふわりとごま油の香りが鼻をくすぐっていった。
確かに味噌スープご飯は美味かった。
丁寧にとられた出汁と、沢山の具材から出る旨味が合わさりあい、更にその味わいを深くする。
ごった煮感の出そうな具沢山のスープも、上品な甘さの米味噌を使う事でサラリとした仕上がりになっていた。
けれど、それはやっぱり鈴代の作る滋味深い味噌汁ご飯とは違っていた……。
「味」には実際に舌から感じる味以外に、嗅覚が大きく影響している、と聞いた事があるが、俺はその時の状況なんかも味に影響しているのじゃないかと思う。
暖かい布団に未練を残し、震えながらテーブルに向かった朝。寝不足の不機嫌さを引きずったまま迎えた一日の始まり。
何回も何回も、鈴代と迎えた朝の食卓。
そこにはいつも鈴代の作った味噌汁があった。
そしていつも交わされるお馴染みの会話。
「お行儀が悪い」と、口を尖らせていた彼女の不満気な顔も、今となっては愛おしい。
俺は年季の入ったカウンターに肘をつくと、大きく息を吐いた。
俺はいつまで鈴代の事を引きずっているのだろう……。
もういい加減、前を向かなくてはいけない事はわかっているのだけれど……。
ぼんやりとそんな事を考えていると、突然、ステージの方からギターを激しくかき鳴らす音が聞こえてきて、俺はビクリと体を震わせた。
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