豚と根菜の味噌スープご飯と捨てられたもの ④

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豚と根菜の味噌スープご飯と捨てられたもの ④

「おはようございます」  アパートの階段を下りながら、私は余裕の表情をみせる。   「……おはよう」  佑弦さんは私の顔にチラリと視線を送ってから、いつも通りぶっきらぼうにそう答えた。  今朝はゴミ捨てで佑弦さんと顔を合わせたって平気なんだ……。  そう、今日は朝からちゃんとメイクしているのだ。  私はドヤ顔で佑弦さんの整った顔を見つめた。 「……何?」  陶器のように滑らかな眉間に、2本のシワが寄せられる。  私がコーラルピンクでナチュラルに仕上げた口元をキュッと引き上げてみせても、佑弦さんは形の良い眉を更に中央に寄せただけだった。 「……別に」  佑弦さんにとっては、私がメイクしてるかどうかなんて興味ないって事か……。  私は佑弦さんが開けてくれたダストボックスに、ゴミ袋を静かに入れながら小さく息を吐いた。 「……今日、これからバイトの面接なんです。響ヶ町駅の向こう側のコンビニ」 「へえ、家から近いならそんなに遅くならないだろうし、まあ、いいんじゃね」 「平日の夕方から夜にかけての募集だったから丁度良いかなって」 「音の食堂」の向かいのコンビニも募集していたけれど、バイト先同士が近過ぎるのも何かとやり難いのではないかと思ってやめておいた。 「ふーん。けど琴音、コンビニの仕事なんか覚えられるのか? お前『音の食堂』のメニューも完璧じゃないだろう」 「そ、それは……」  確かにカクテルとか、昼間あまり出ないメニューはまだ完璧じゃないのもあるけれど……。  今日も佑弦さんは意地悪そうにふふふっと笑う。 「だから今朝はじゃないんだな」 「う、うるさい!」  メイクしてるの気づいてたんじゃない!  私が金属製の階段にスニーカーの足をドンっと乗せたその瞬間、後ろから佑弦さんの声がかかる。 「それにしても、お前いつまでこのアパートにいるつもりだ?」 「えっ?」  佑弦さんの言葉に、心臓がトクリと冷たい音を立てた。 「ここは『新しい生活を始めるまでの間』って言ってなかったっけ?」 「……そうだけど……」  確かに私は社畜のような日々に見切りをつけ、それをリセットする為に、ひとまずここで響子さんのように丁寧な暮らしをしながら、「本当にやりたい事」を見つけようと思っていた。  ここは、「本当の自分」を見つけるまでの仮住まいのつもりだった。  だけど未だ「本当にやりたい事」なんて見つかっていないし、いつまでもこのままじゃいけない事は、私だってわかっている……。  でも、それを佑弦さんにどうこう言われる筋合いなんてない。  自分だって、積極的な音楽活動もせず、そうかと言って就職する訳でもなくフリーター生活を送っているくせに……。 「佑弦さんには関係ないでしょ!」  私はダンダンと大きな音を立てながら階段を上っていく。 「おい、琴音……」  言葉を続けようとする佑弦さんを無視して、私は金属製の扉を思いっきりバンっと大きな音を立てて閉めた。  何となく、口は悪いけれど根は優しい人なのかな、なんて思い始めていたのに……。  大間違いだった。  やっぱり佑弦さんはムカつく。  佑弦さんなんて……。  佑弦さんなんて、勝手に果音ちゃんといちゃついていれば良いんだ……。  私は心の中でそう毒付きながらも、何だか胸の奥の方にあるものがぎゅっと締めつけられたような、そんな気がしていた。
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