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その声に思わず振り向くと、ねずみ色の鞄がガタガタと独りでに動いていた。
「うわあっ、どうしよう!」
女の子は慌てた様子で鞄を地面に下ろすと、脇からそれを覗き込む。
けれど、俺はそれを目前で見ていても、アスファルトに足が張り付いてしまったようで、動く事ができない。
彼女が金具の部分に手をかけたその瞬間。
「あ、ダメ!」
隙間から躍り出てきたのは、白と黒の毛むくじゃらの物体だった。
それは彼女の手をスルリとかわすと、俺の足元に飛び付いてきた。
そして、俺はスラックスの裾に纏わりついてくるそれを反射的に抱き上げる。
「どうぞ」
黒縁メガネの女性が、湯呑みをガラステーブルの上にコトリと置いた。
大きく取られた窓から差し込む日の光が、湯呑みから上がる水蒸気の粒を白く揺らしてゆく。
彼女が向かいのソファーに腰をかけてから、俺は深々と頭を下げてみせた。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
本当は土下座でもしなければならないところなのかもしれないけれど、俺の膝の上では鈴が寛いでいて、それもできない。
「いえ……」
そう言ったメガネの女性も、さっきの女の子も俺の顔をじっと見つめ、話の続きを待っているようだった。
俺は仕方なく口を開いた。
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