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「それにね、お父さんとお母さんは猫が嫌いなの。もし果音が具合悪くなった時、面倒をみて貰える人がいないから、猫は飼えないんだ」
女の子の言葉にメガネの女性は少し驚いたような顔をする。
「あと10数年だったら面倒をみれるかな、とは思っていたけれど、自分が具合が悪くなった時の事まで考えていなかったわ……」
「アパートには佑弦さんと琴音さんがいるから大丈夫だよ」
「二人にとって、ここは仮住まいなの。いつまでもここにいる訳にはいかないのよ……」
女性はそう言って、床板の不均一な曲線を描く木目模様の上に視線をそっと落とした。
「そうなんだ……」
「ここは二人が前を向いて生きていけるようになるまでの羽休めの場所。傷が癒えたら、自分の人生を自分の足で進んでいかなくちゃならないから」
「そっか……、ちょっと寂しいな」
「そうね、私もいつまでも二人を頼ってばかりいる訳にもいかないし……」
「でもブチは大丈夫。果音がお世話しに来るから」
「ありがとう、頼もしいわね」
女性は女の子に柔らかい笑顔を向ける。
それでも女の子は、女性にその大きな瞳をきっと向けると厳しい視線を送ってみせた。
「けど、ブチがいなくったって自分が具合悪くなった時の事も考えなくちゃダメだよ。響子さん、働き過ぎ」
「……果音……、何だか大人になったわね……」
「……あの、すみません……」
何だか感慨深げに女の子を見つめる女性に、俺は遠慮気味に声をかける。
「……もしかして……、このまま鈴を飼って頂ける、という事でしょうか?」
俺の言葉に、女性は穏やかな黒い瞳をこちらに向ける。
「猫に罪はありませんから」
「す、すみません……」
「……それに、一人で暮らすのはやはり寂しいですし」
今度こそ俺は床に突っ伏してフローリングの木目に額を擦り付けた。
「ありがとうございます! 鈴を、どうぞよろしくお願いします」
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