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辛口ジンジャエールと本当の自分 ②
えっと……、スミノフウォッカを30mlにライム果汁10ml、そこにウィルキンソンジンジャエールを注いで軽くかき混ぜてから、ライムスライスを載せる……と。
カウンターの内側にこっそりと貼っておいたレシピ表を見ながら、私がモタモタとカクテルを作っていると、隣りから佑弦さんの冷ややかな視線が向けられる。
今日は「音の食堂」でオープンマイクが開催されている。
オープンマイクとは、誰でも参加できるステージ解放イベントだ。
全くの初心者だろうと、ベテランのアーティストだろうと関係なく、エントリーさえすれば自分の持ち時間は自由に演奏できる。
持ち時間が10〜15分程と短いけれど、ライブハウス側がブッキングするライブやアーティストが主催する企画ライブと違い、出演料とドリンク代だけ払えばチケットノルマがかからないので、音楽を始めたばかりでまだ大きな集客が望めない人や、ふらりと音楽を楽しみたいアーティスト達に最近人気なんだそうだ。
「音の食堂」でライブが行われるのは、主に金・土・日曜日。後は祝前日等だ。
ライブの予定が入っていない週末は通常営業していても普通のお客さんはあまり来ない。
それならばオープンマイクをやってみよう、という事になったのだ。
「お待たせ致しました」
私は佑弦さんの視線を無視しながら、カウンターの上に作ったばかりのモスコミュールのグラスをコトリと置いた。
オープンマイクの間はスープご飯のオーダーはストップしてもらったので、私達の仕事はサイドメニューとドリンクの提供だけだ。
響子さんに楽をさせてあげる為にも、頑張ってスープご飯の調理も任せてもらえるようにならなくちゃ……。
私がそんな前向きな事を思っていると、隣からため息と共に佑弦さんのトゲのある言葉が投げかけられる。
「お前、いい加減カクテルのレシピくらい覚えろよ。ここに来てもう4ヶ月だろ?」
「えーと、大体覚えてはいるんだけど、分量の確認をしてるだけですよ。間違えちゃいけないし……」
「ふーん……」
「……佑弦さんは夜勤務だから毎回作ってるかもしれないけど、私はランチが基本だから、カクテルのオーダーなんか滅多に入らないんですよ。モスコミュールなんてここに来て初めて聞いたし」
私は早口でそう言うと、その整った顔から視線を逸らした。
『いつまでこのアパートにいるつもりだ?』
この間、アパートの前で佑弦さんが放った言葉が、頭の中でリフレインする。
当の佑弦さんは、そんな事は忘れてしまったのか、端から気にも留めていないのか、いつもと変わらず揶揄うような眼差しを向けてくる。
「じゃあ、サイドメニューの作り方は全部完璧なのか?」
「う……。じゃ、じゃあ、佑弦さんはドリンクのレシピ、どのくらいで全部覚えたんですか?」
「そうだな……、一週間ぐらいかな?」
「一週間……」
訊かなきゃ良かった……。
きっと佑弦さんは普段から色々なカクテルも飲んでいるんだろう。
普段私が飲むのなんて、ハイボールかウーロンハイぐらいだ。
そう、スタートから違うのだから仕方ない。仕方ない……。
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