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「そ、それにしても、オープンマイク、盛況みたいで良かったですね」
急に話題を変えた私に、佑弦さんは「仕方ないな」というように余裕の笑みを浮かべてみせる。
「そうだな、結局事前エントリーだけで枠は埋まっちまったからな」
本来なら、オープンマイクは飛び入り参加OKの場合が多いのだけど、今回は告知して直ぐに枠が埋まってしまったのだ。
SNSでもお知らせしているのだけど、それでも、飛び入り参加希望者が何人か来てしまっていて、仕方なくお断りしている。
「響子さんは『定期的に開催して、もっと気軽に来てもらえるようにしたい』って言ってましたよ」
「『音の食堂』は、奏一郎さんの奥さんがやってる店、っていって、知ってる奴らには一目置かれてんだよ」
「へえ」
「俺も初めて出させてもらう時は、緊張した」
「えっ? 佑弦さんが?」
思わずそう言ってしまってから、私は口を押さえた。
いつも佑弦さんは飄々としていて、どんな場合でも緊張する事なんてないのかと思ってた。
「老舗のライブハウスに出演した時も、有名バンドの企画ライブに出させてもらった時も緊張したけど、キャパとかは関係なく、ここは独特なものがあるんだ……」
そう言って佑弦さんはステージの方へ目をやった。
ステージでは次の出番の男性がセッティングを始めている。
男性は不慣れなようで、私から見てもわかるくらいオタオタしている。
「自然と背筋が伸びるっつーか、根性入れてかからなくちゃな、っていつも思う」
「サウノイのファンの間では、ここは特別な場所だったんですね」
「だから知り合いから『響子さんが夜間のバイトを探してる』って聞いた時、チャンスだって思ったのと同時に『本当に自分にその資格があるのか』ってちょっと悩んだ」
「そうなんだ……」
それなのに、音楽も調理も素人の私が突然「働かせてくれ」だなんて、なんと図々しい事を言ってしまったんだろう。
以前、佑弦さんが「本当だったらお前なんか響子さんの所で働いたりなんかできないんだからな」と言ってたのは、ただの意地悪という訳ではなかったのかもしれない。
「そう言えば、佑弦さんはここに来てどのくらいなんですか?」
「去年の11月からだから、5ヶ月ぐらいだな」
「……えっと、ちょっと待って……。私が初めて佑弦さんに会った時、まだ1ヶ月も経っていない新米だったって事?」
あの上から目線は、大ベテランの域だったように思うけど……。
「まあ、そのぐらいでも普通は使いものになるって事だな」
「う……」
私が抗議の視線を向けようとすると、キィと金属のドアが開けられる音がした。
エントリーした出演者は全員揃っているから、他のお客さんなんだろう。
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