辛口ジンジャエールと本当の自分 ⑤

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 突然の事に、私の足はアスファルトに張り付いてしまったかのように動かない。  5ヶ月ぶりに見る一重瞼で縁取られた翔真(しょうま)の瞳は、落ち着きなく地面の上に向けられている。 「……あー、何かここのコンビニで琴音が働いているのを見たってヤツがいて、何ていうかさ、ちょっと寄ってみたんだ……」  翔真が頭を動かす度、ワックスで固められたツンツンと尖った髪が揺れる。  翔真は剛毛だから短くすると髪が立ってしまう。  だからいつも軽くワックスで固めてツンツンヘアにしていたのだ。  私は黙って、翔真のツンツンと尖らせた髪の先を見つめていた。  今更翔真と話したい事なんて何もない……。 「あの……、ごめん」 「えっ?」 「琴音、俺が悪かった。その……、やり直そう」 「な、何を今更……」 「ずっと悪い事をしたと思ってたんだ」  そんな訳ない。  確かに当日の夜中にあった電話は無視したし、メッセージはブロックしたけれど、携帯番号自体は変えていないから、連絡を取ろうと思えば取れた筈だ。  それにそんな事を思っていたら、あの女とあのアパートで暮らしたりなんかできる訳がない。 「気にしてはいたんだ……。琴音、シノハラフードも辞めちゃっただろう」  会社の方に時々電話があった事は知っている。  私が電話を取れば直ぐ切れるし、他の人が取った時は、適当な名前で取り次いだ後、また直ぐ切れる。  多分、あれは翔真だ。  とりあえず生きているか、だけは気にしてくれてるんだろうな、と思ってた。  でも、面と向かって私と話をする勇気はなかったくせに……。 「会社も辞めて、こんなとこでバイトして、将来どうするつもりだよ」 「それは……」 「ちゃんと現実を見た方が良いんじゃないのか?」 「そんなのはわかってるよ……」  佑弦さんにも同じような事言われたし……。  確かに、そろそろちゃんと現実に目を向けた方が良いのかもしれない。  ふわふわした事考えてないで、地道に身の丈に合った男性と将来を見据えて生きていくのが、私には合っているんだろう……。 「琴音、あんな男がお前の事なんか相手にする訳ないだろ?」 「わかってるってば!」 「琴音、あいつに騙されてんだよ」  強引に肩を掴んでくる翔真の骨張った手のひらを振り払ってから、私は、はたと彼ののっぺりとした顔を見つめ直した。 「……って、翔真、何で佑弦さんの事知ってるの?」  翔真は私がこのコンビニで働いている、って他の人に聞いてここまでやってきたって言っていた。 「音の食堂」の事もアパートの事も、もちろん佑弦さんの事も知らない筈なのに……。  思わず私は後退る。 「えっ! いや……、ええっと」  足の裏にぐっと力を入れて走り出そうとすると、翔真の硬い指先が私の腕に食い込んでくる。 「待てよ、琴音」 「イヤ! やめて!」  私が大きな声を上げると、通りを歩いていた人達が一斉にこちらを振り向いた。 「あ、これは……、そうじゃなくて……」  狼狽える翔真を突き飛ばすと、今度こそ私は全力で走り出した。  
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