126人が本棚に入れています
本棚に追加
突然の事に、私の足はアスファルトに張り付いてしまったかのように動かない。
5ヶ月ぶりに見る一重瞼で縁取られた翔真の瞳は、落ち着きなく地面の上に向けられている。
「……あー、何かここのコンビニで琴音が働いているのを見たってヤツがいて、何ていうかさ、ちょっと寄ってみたんだ……」
翔真が頭を動かす度、ワックスで固められたツンツンと尖った髪が揺れる。
翔真は剛毛だから短くすると髪が立ってしまう。
だからいつも軽くワックスで固めてツンツンヘアにしていたのだ。
私は黙って、翔真のツンツンと尖らせた髪の先を見つめていた。
今更翔真と話したい事なんて何もない……。
「あの……、ごめん」
「えっ?」
「琴音、俺が悪かった。その……、やり直そう」
「な、何を今更……」
「ずっと悪い事をしたと思ってたんだ」
そんな訳ない。
確かに当日の夜中にあった電話は無視したし、メッセージはブロックしたけれど、携帯番号自体は変えていないから、連絡を取ろうと思えば取れた筈だ。
それにそんな事を思っていたら、あの女とあのアパートで暮らしたりなんかできる訳がない。
「気にしてはいたんだ……。琴音、シノハラフードも辞めちゃっただろう」
会社の方に時々電話があった事は知っている。
私が電話を取れば直ぐ切れるし、他の人が取った時は、適当な名前で取り次いだ後、また直ぐ切れる。
多分、あれは翔真だ。
とりあえず生きているか、だけは気にしてくれてるんだろうな、と思ってた。
でも、面と向かって私と話をする勇気はなかったくせに……。
「会社も辞めて、こんなとこでバイトして、将来どうするつもりだよ」
「それは……」
「ちゃんと現実を見た方が良いんじゃないのか?」
「そんなのはわかってるよ……」
佑弦さんにも同じような事言われたし……。
確かに、そろそろちゃんと現実に目を向けた方が良いのかもしれない。
ふわふわした事考えてないで、地道に身の丈に合った男性と将来を見据えて生きていくのが、私には合っているんだろう……。
「琴音、あんな男がお前の事なんか相手にする訳ないだろ?」
「わかってるってば!」
「琴音、あいつに騙されてんだよ」
強引に肩を掴んでくる翔真の骨張った手のひらを振り払ってから、私は、はたと彼ののっぺりとした顔を見つめ直した。
「……って、翔真、何で佑弦さんの事知ってるの?」
翔真は私がこのコンビニで働いている、って他の人に聞いてここまでやってきたって言っていた。
「音の食堂」の事もアパートの事も、もちろん佑弦さんの事も知らない筈なのに……。
思わず私は後退る。
「えっ! いや……、ええっと」
足の裏にぐっと力を入れて走り出そうとすると、翔真の硬い指先が私の腕に食い込んでくる。
「待てよ、琴音」
「イヤ! やめて!」
私が大きな声を上げると、通りを歩いていた人達が一斉にこちらを振り向いた。
「あ、これは……、そうじゃなくて……」
狼狽える翔真を突き飛ばすと、今度こそ私は全力で走り出した。
最初のコメントを投稿しよう!