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私は、ハアハアと荒い息を吐きながら、後ろに流れていく窓の外に目をやった。
何も考えずに、タイミング良くホームに到着した電車に飛び乗ってしまったけれど、これからどうしようか……。
佑弦さんの事まで知っているという事は、翔真はアパートの場所だって知っている可能性もあるのだ。
私はさっき翔真に強く掴まれた腕を、パーカーの上から静かにさする。
数ヶ月前までは好きだと思って一緒に暮らしていた人間が、何だか全く知らない生き物になってしまったような気がした。
こんな時に限って佑弦さんは長野に行ってしまっている……。
ふと、鈴と一緒にいる時、黒く艶やかな瞳が優し気に果音ちゃんに向けられていたのを思い出す。
極々自然に綻んだ薄く形の良い唇と、彼女に向けられた低く穏やかな声。
そうだった。
私の事なんか、佑弦さんには何の関係もないんだった……。
私は大きく息を吐くと、到着した駅のホームへと降り立った。
自分一人でなんとかしないと……。
響ヶ町駅と隣り駅はあまり離れていないから、歩いても20分程度だ。
駅前にはまだ翔真がいるかもしれないから、歩いてアパートに向かった方がいいだろう。
見知った景色が見えてきたところで、私は再び走り始める。
翔真がどこかに潜んでいるかもしれない、という恐怖よりも、ただひたすらに辺りの闇が怖かった。
「一人なんだ」という思いが、黒い影となって私を押し潰そうと迫ってくる。
何でだろう、今はちゃんと帰る所がある筈なのに、5ヶ月前に一人で彷徨い歩いていた時よりもずっと怖いと思う。
いつもの曲がり角を走り抜け、まだひっそりとしている響子さん宅の前を超えると、アパートが見えてくる。
一階の一番端にある部屋からは、まだ光は漏れてきていない。
私は周りを見回してから自分の部屋の鍵を開けると、後ろ手にバタリと扉を閉めた。
そして真っ暗な部屋の中、私は手探りで猫のぬいぐるみを引き寄せると、フカフカと柔らかいそれを強く抱きしめた。
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