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辛口ジンジャエールと本当の自分 ⑨
「音の食堂」のランチ営業と夜営業では、客層が随分と違う。
夜はバーとして営業している訳だから、当然カクテルの注文も入る。
レシピ表を見ながら私がモタモタとカクテルを作っていると、時々響子さんが手伝ってくれる。
自分のお店なんだから、当然と言えば当然なんだけど、響子さんの手際のよさとその出来栄えの美しさに、思わずため息が出てしまう。
私は響子さんの役に立っているんだろうか。
本当はお荷物だったりして……。
落ち込んでいる暇もなく、キィと扉の開く音がする。
「いらっしゃい……ま……せ」
私が営業スマイルを向けてみせた先にいたのは、長い前髪をサラリと下ろした長身の男性だった。
彼は白い指先でその艶やかな髪をかき上げながら、こちらに向かって来ると、カウンター席にドカリと腰を下ろした。
「とりあえず、ジンジャエール」
私が思わず見つめ返すと、形の良い眉毛がきゅっと真ん中に寄った。
「何? アルコールは向こうで散々飲んできたんだよ」
そう言われると、色白の頬がほんのりピンクに染まっている。
でも、私が驚いたのは、佑弦さんがアルコールを頼まないからではなかった。
シフトが入っていない時に、佑弦さんが「音の食堂」に顔を出す事は今まで殆どなかったからだ。
シフトに入っていないとスープご飯等をオーダーしても賄い割引にならないから、って佑弦さんは言っていたけれど、ライブやらバイトやらで何かと忙しくて、お客として来る暇がない、というのが本当のところじゃないかと思う。
今日も、知り合いのライブに顔を出さなくちゃならないという事で、私が代わりに夜勤務に出る事になったのだけど、そっちの方はもういいのだろうか……。
「打ち上げは適当な理由つけて逃げてきた……」
佑弦さんの言葉に、この間店にきていた嘉成と呼ばれた男性の事を思い出す。
彼との間に何かトラブルでも抱えているのだろうか……。
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