辛口ジンジャエールと本当の自分 ⑨

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 佑弦さんは時々、自身もライブに出演しているけれど、それは他のバンドのサポートか、もしくはソロで活動をしているミュージシャンとのその日限りのセッションという形だ。  でも、それもどことなく彼らとの間に距離を置いているように感じる。  自分はあくまでもサポートである、と。  そして、私がここに来てからというもの、新しいバンドを組もうという様子も、自分もソロとして活動していこうという積極的な素振りも一切見られないのだ。 「お前、レシピを見ずに何かサイドメニュー作ってみろよ」  佑弦さんは構わずいつも通りの意地悪な顔を向けてくる。 「良いですよ。何になさいますか?」  私はわざと他所行きの声を出してみせる。 「じゃあ、『チキンとポテトのハーブ焼き』を」 「かしこまりました」  何だ楽勝だ。  キッチンに向き直ると、私はホッと胸を撫で下ろす。 「チキンとポテトのハーブ焼き」は、予め下味を付けてある鶏肉と皮付きポテトをオーブンで焼くだけだ。  余裕の顔をしてみせたものの、内心「アボカドとベーコンのふわふわオムレツ」とかだったらどうしよう、とヒヤヒヤしていたのだ。  響子さんの作るぷっくりとしたフォルムのオムレツは、中を割ってみるとふわふわトロトロの卵が溢れ出す。  ベーコンの塩味と濃厚なアボカドのバランスもちょうど良く、牛乳でコクをつけた半熟卵がトロリとそれに絡まり合っていて、口に入れると何だか幸せな気分になれるのだ。  けれど私はそのふわトロの仕上げがどうしてもできなくて、いつも響子さんにお願いしてしまう。  もしかしてあんな事を言いながらも、佑弦さんはわざと簡単な物にしてくれたのだろうか……。  
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