126人が本棚に入れています
本棚に追加
/167ページ
ギギー、ガタン。
重い金属製の扉は必要以上に大きな音を立てた。
潤滑油も買ってきた方がいいかもしれない。
カンカンと音を立てて階段を降りて行くと、丁度一階の一番手前側の扉が開いて、中から一人の男性が出てくるところだった。
前髪を長めに下ろしたストレートの黒髪。
色白の頬に包まれた薄く小さな唇。
あごのラインはすっきりと耳元に続いていて、形の良い少し尖り気味の耳には控えめなシルバーのピアスがはめられていた。
昨日「音の食堂」にいた目つきの鋭い男性だ。
「あの……、おはようございます。203号室に越してきました木原 琴音です。よろしくお願いします」
私はそう言ってからペコリと頭を下げてみせた。
手足が細いから昨日は気が付かなかったけれど、男性は結構背が高いようだった。180センチくらいあるだろうか。向かい合ってみると、背の低い私はかなり見上げる形になる。
「……上に、住むの?」
「はい。先程、響子さんと仮契約を済ませました」
「今まで住んでいたアパートには戻らない、って事か……」
この男性も私が昨日、響子さんに喋った事を聞いていた、って事だろうか……。
「はい。ここで一人でやり直してみようかな、と思っています」
気がつくと大きな瞳が前髪の間からキラリとこちらを覗いていて、思わずドキリとする。
「……はあっ」
男性はわざとらしいほどに大きなため息をついてみせた。
「女の一人暮らしですって、まだ素性もよく知らない男に何で簡単に言っちゃうの? しかも部屋番号まで言っちゃって。昨日だって、プライベートな事ペラペラと他人に喋っちゃうし。挙げ句の果てには初めての店で酔い潰れちゃって。響子さんが悪い人じゃなかったから良かったものの、いい歳してあんた頭悪いの?」
「……へ?」
私が言葉を失っていると、彼はくるりと背中を向け、通りの向こうへすたすたと歩いて行ってしまった。
なんなのあれ?
あんな言い方しなくてもいいじゃない!
こっちはきちんと挨拶してるのに。
飄々とした様子で歩いて行く彼の背中には、黒いギターケースが背負われている。
バンドマンなんてどうせ失礼な奴ばっかりなんだろう……。
睨みつけるような視線を彼の背中を送りつけてやってから、私はハタと気づいた。
私……、すっぴんだった……。
最初のコメントを投稿しよう!