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果音ちゃんが無事だった事を、佑弦さん達に連絡して貰っている間に、私は賄い用のほうじ茶を三人分淹れた。
カウンターの上に湯呑みをコトリと置くと、果音ちゃんは「ありがとうございます」と言って頭を下げてみせた。
ピンク色の唇はきっときつく結ばれていて、いつもはクルクル良く動いている大きな瞳も、今は鋭い輝きを保ったまま真っ直ぐに向けられている。
何だか間が持たなくて、私はほうじ茶を立ったまま静かに啜った。
温かくて香ばしい液体が、ゆるりと喉の奥を流れていく。
「……大体の事は涼子さんから聞いてきた」
先に口火を切ったのは果音ちゃんだった。
「そう……。涼子には、『いつか果音が来る事があったら、包み隠さず、知っている事を全部話して』って言っておいたの」
「でも、響子さんの口からも、ちゃんと本当の事を聞いておきたかったから……」
響子さんは、言葉を探すように自分の湯呑みに視線を落とした。
信楽焼の湯呑みの中では、私のと同じ茶色い液体が静かに揺れている。
「……姉夫婦とは、果音が20歳になったら本当の事を話す、って約束してたの」
響子さんの言葉に、果音ちゃんは小さく頷いてみせる。
「お父さん、言おうと思ってたけど、なかなか言い出せなかったんだって」
「そのタイミングは姉夫婦に一任していたから……」
「でも、お母さんが事故にあって……。『もしこのまま真実を告げずに自分が死んでしまっていたら……』って、お母さん、お父さんの顔を見た途端、早く伝えるように頼んだんだって。もしかしたら自分が死んじゃってたかもしれないのに……」
「姉はそういう人なのよ。私と違って……」
そう言って長い睫毛が静かに伏せられる。
茶色い地の焼き物を握りしめる白い指先が、気のせいか僅かに震えているように見えた。
そしてくっきりとした二重瞼が再び開かれると、いつもは凪いだ湖面のように穏やかな瞳が、細かく揺れ動いているのが見てとれた。
響子さんが艶やかな唇を開くと、湯呑みから昇る白い湯気が僅かに揺らぐ。
「……果音の父親はギタリストだったの。今はもう、この界隈じゃ名前を聞かないから、音楽はやっていないのかもしれないわね……。知り合いの知り合いを辿っていけば、居場所はわかるかもしれないわ」
響子さんが、確認するように果音ちゃんの小さな顔を見つめると、彼女は茶色い髪を揺らしながら首を大きく振った。
「別にいい。会いたいとかは思わないから」
「そう……」
えっ、どういう事?
私は訳がわからなくて、二人の顔を交互に見つめた。
果音ちゃんのお父さんって……。
「その人とはライブで知り合ったの。何度か対バンして。その時は涼子と組んでたバンドも5年くらい経ってたから、もう何となく先が見えてたのね。このまま続けていても何もないって……。果音の父親との関係も同じような感じだった……」
そう言うと響子さんは、一旦長く静かな息をついた。
今までずっと内に秘めていたものを吐き出すかのように……。
「……25歳、そろそろそういう事を考え始める年頃よね……。多分、奏一郎と出逢わなくても、その人とは別れていたと思うわ」
果音ちゃんの鋭い光をたたえた二つの瞳は、じっと響子さんを見据えている。
その奥深くに力強さを秘めた艶やかな黒い瞳は、響子さんとよく似ている……。
女性らしいぷっくりとした唇も……。
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