辛口ジンジャエールと本当の自分 ⑨

9/11
前へ
/167ページ
次へ
「響子さんはあたしよりも、音楽と奏一郎叔父さんを選んだんだ……」  果音ちゃんの、可愛らしい中にもトゲを含んだ声が静かに店内に響く。 「……そうね……。果音の言う通りだわ……」 「果音はバカだから、本当の親子がどうあるべきだとか、血の繋がりがどうだとか良くわからない。ただ、今目の前で、今まであたしの事を大切に育ててくれた人が、怪我で苦しんでる。その人に寄り添ってあげたい、ってそう思うだけ……」  果音ちゃんは、母親譲りの力強い光を秘めた瞳を、真っ直ぐに響子さんに向けてみせた。 「あたしにとって大切なものは、目の前にいるお父さんとお母さんなの」  響子さんはその言葉をゆっくりと反芻するように、使い込まれて程よく艶を放つカウンターに視線を向ける。  そしてほんの一瞬だけ、その瞳に光るものが浮かんだように思えた。  けれど長い睫毛が数回上下したあと、そこに浮かんでいたのは、いつも通りの穏やかな輝きだけだった。  果音ちゃんは、ウサギの形をしたスマホにチラリと目をやってから「そろそろ帰るね」と言って立ち上がった。 「遅いから送るわ」 「大丈夫。お父さんが外で待っているみたい。お父さんは果音に甘いんだ」  響子さんは弱々しく微笑むと、静かに頷いてみせる。  果音ちゃんは立ち上がってドアの方へ向かおうとしてから、ふっと思い出したように私の耳にピンク色の唇を近づけてきた。 「琴音さん、あのね……」  耳元で囁かれた言葉に、私が思わず言葉を返そうとすると、果音ちゃんは「それじゃ」と軽く手を上げ、そのまま重い扉の向こうに姿を消していってしまった。
/167ページ

最初のコメントを投稿しよう!

127人が本棚に入れています
本棚に追加