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「あの……、課長お話が……」
「ああ、丁度良かった。木原、午後の会議の資料、至急頼む。予定より時間が早まったから急いでくれよ」
課長は私の言葉に被せるようにしてそう言うと、昼食を取りにオフィスを出て行ってしまった。
昨日までの、吹っ切れて生まれ変わったような気持ちは幻だったのだろうか。
一夜明けてみれば、私は私だった。
優柔不断で決断力のない、特に有能でもないただの下っ端社員だ。
3年も一緒に住んでいた彼氏に、自分のアパートで浮気されるという、26歳の間抜けな女だった。
結局私はその後もなかなか辞職を言い出す事ができず、溜まりに溜まった事務作業に忙殺されて1日が終わってしまった。
その夜私は疲れ切った足を「音の食堂」へと向けた。
今までと変わらない社畜の様な半日を過ごしてみると、昨日あった事が幻覚だったのではないか、そんな気がしてたまらなかったのだ。
「琴音さん、おかえりなさい」
響子さんの穏やかな笑顔と、オレンジ色の灯りが私を優しく包み込むと、私はホッと息をついた。
まだ数日しか経っていないのに、何故だか自分の家に帰ってきたような、そんな気持ちになるのだ。
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