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金属製の取手に触れた時から、汗ばむ手のひらを介して既にそれは伝わってきていた……。
そして扉を開けた瞬間、爆風とも言える音の圧に、思わず私はふらりとよろめいた。
それは鼓膜だけでなく、私の皮膚にも髪にも、そしてカップの中の薄茶色の液体にも強く重く突き刺さってくる。
思わず私が扉を開けたまま立ち尽くしていると、入り口近くで佇んでいた男性がこちらをギロリと睨んできた。
慌てて扉を閉めると、逃げ場を失った音の嵐は更に激しさを増してゆく。
そこは爆音と人々の発する熱気で過密状態だった。
そのような状態でよくも声が出せるな、と思うけれど、フロアを満たす人々は歓声を上げ、そしてリズムに合わせて体を揺すっていた。
「音の食堂」でも大きな音を出すバンドはいたけれど、桁が違っている。
「音の食堂」は狭いので、ギターやベースの音はアンプから出したそのままの音だけど、ライブハウスでは通常ミキサーという音のバランスを調整する機材を通してからスピーカーで鳴らしている、と佑弦さんが言っていた。
ステージの両脇に柱のように積み上げられている真っ黒いスピーカーから放たれるその音は、フロア全体を激しく振動させる。
フロアを満たす人の頭でステージの上は全く見えない。
今演奏しているのが一体誰なのか、ステージに何人いるのかもさっぱりわからない。
ふと、嵐のように吹き荒れる音の中に、聴き覚えのある低く優しい音が聴こえてきたような気がして、私は思わず耳を澄ませた。
その音は激しくリズムを刻みながらも、時折柔らかな響きで歌い上げる。
ボーカルが激しくシャウトする時も、ギターが華やかにフレーズを刻む時も、それは揺るぎない安定感をもって全体を支えているように思えた。
私は佑弦さんと他のベーシストを聴き比べてみた事はないし、そもそもがギターとベースの音をちゃんと聴きわける事もできない。
けれど、何故だかそれは佑弦さんの音だ、と思った。
ステージの隅の方で、長い前髪の奥の瞳が床を見据え、白く長い指先が激しく金属の弦を弾ているのが見えるような気がした。
一際激しく掻き鳴らされたギターの音がゆっくりと消えてゆくと、ボーカルと思しき声がフロアに響いた。
「ども『N&G』です。今日はサポートで元『KIHOU』の佑弦にきて貰いました!」
彼の言葉と共に辺りから大きな拍手がおこる。
マイクの向こうから、何やらゴソゴソとしたやり取りが聞こえてきたあと、ボーカルは再びマイクを取った。
「……何だよ、少しぐらい喋れば良いのにな」
ボーカルの言葉に辺りから小さな笑いが起こる。
私も思わず「ふふっ」と小さな声を漏らしてしまった。
ステージの上で佑弦さんが全く表情を変える事なく、床の上をただ見つめているのが見えるような気がしたのだ。
「んじゃ、最後の曲いきます! ありがとうございました!」
叫ぶようなギターの音がスピーカーから弾き出されると、フロアはこぶし上げてそれに応えた。
辺りは再びむせ返るような熱気に包まれる。
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