アサリの中華スープと大切なもの ①

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 外に出なくちゃ。  佑弦さんのライブが終わり、フロア後方がドリンクバーに向かう人、お喋りをする人でごった返すようになってから、私はそう思った。 「音の食堂」は楽屋がないので、他のアーティスト達は自分の出番以外はフロアで寛いでいる事が多い。  さすがにここのライブハウスは楽屋はありそうだけど、佑弦さんがフロアに出てくる事もあるんじゃないだろうか。  こんな所で鉢合わせなんて、何だか気まずい……。  混み合っているカウンターを抜け、店の外に出てみると、毛先をピンクに染めた女性がまだ受付に座っていた。    本当に佑弦さんだけ観て帰るなんて、何だか恥ずかしい……。  私は小さくなりながら狭い階段へと向かう。  幸い、背の高い男性と楽しそうにお喋りをしているので、こちらには気がついていないようだった。  足早に薄暗い階段を抜け、狭い通路の先に賑やかな街の明かりが目に入ってくると、思わず私はホッと息をついた。  ざわめきに満ちたその通りに、一歩足を踏み出したその時だった。  ガシャリ。  一瞬視界が暗くになると同時に、体の側面に衝撃が走る。  金具の沢山ついた服を着た大きな人物とぶつかったとわかったのは、思いっきり弾き飛ばされてアスファルトの上に無様に転がってからだった。  地面に這いつくばっている私の目に入ってきたのは、金属の沢山ついた黒いパンツ。  膝の辺りで右足と左足が黒いベルトで繋がっていて、走ったらコケてしまいそう……。  何かどこかで見た事あるような……。  その人物は、この季節にはちょっと暑過ぎるのじゃないかと思うような黒の革ジャンを羽織っていて、インナーのタンクトップは固くしまった筋肉で盛り上がっている。  漢字のタトゥーに、耳につけられた沢山のピアス、綺麗に剃り上げられた頭部。  そして一重瞼の奥からは、鋭利な光がこちらに向けられている……。
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