アサリの中華スープと大切なもの ①

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「す、すみません!」  私は慌てて飛び起きると頭を下げてみせる。  どうしよう……。  これはあの時の怖い人だ……。  嘉成(よしなり)って呼ばれてた。 「あ? お前、佑弦の店にいたヤツか?」  そう言って男性はこちらに近づいて来る。  髪の上から彼の荒い息が吹きかけられたような気がした。 「何でお前がここにいるんだ?」 「えっ、いや……、えっと……」  別に悪い事をしている訳じゃないのに、威圧的な男性の態度に思わずしどろもどろになってしまう。 「あー、もしかして!」  男性の大きな声にビクリと体が大きく震える。  こちらに向けられる鋭い眼光に、心臓がキュウと縮み上がる思いがした。 「佑弦のライブ、終わっちまったのか?」 「えっ? あ……、は、はい」  私は訳がわからず小さく頷いてみせた。 「かー、またやっちまったぜ!」  男性はツルツルとしたおでこに、ペシリと手のひらを当ててから、大袈裟に天を仰いでみせた。  何だかリアクションの一つひとつが大き過ぎるような気がしたけれど、とりあえず怒っている訳ではないのなら……。  私はゆっくりと後ずさる。 「定時に始め過ぎだっつーの! なあ、あんたもそう思うだろ?」 「は、はい、そうですね……」  私は動きを止めると、ニコリと愛想笑いを浮かべてみせた。  男性の鋭い目つきがこちらに向けられる。  佑弦さんの全てを透過して奥深くまで突き刺さってくる眼差しとはまた違う、表面を焼きつけてくるような強烈な光だ。 「なあ、佑弦、何でバンドやんねーの?」 「さあ……、私に訊かれても……」  私が言い淀むと、男性は更に顔を近づけてくる。 「お前、佑弦に何か言ってんじゃないだろうな?」 「な、何かって?」  私に向けられていた焼けつくような視線が、ふと私の後方へ逸らされる。  その先にあるものを認めると、一重の瞼が更に細められた。 「何をしている」  聞き慣れた低い声に振り返ると、そこにいたのは、街灯の灯りを艶やかに返す黒髪の長身男性。  穏やかな夜の風がその前髪をサラリと揺らしてゆく。  そしてその隙間からは覗いているのは、冷ややかに燃える大きな二つの瞳だ。 「……佑弦さん」  思わず私はホッと息をつく。  けれど、これはこれでややこしい事になるのでは……。  二人は向き合うと、激しい視線をぶつけ合った。   「コイツ、お前の女か?」  男性の突然の質問に、佑弦さんはほんの僅かだけ瞼を上げてみせると、そのまま変わらない声で続けた。 「もしそうだとしたら、お前に何か関係があるのか?」    えっ? えっ?  佑弦さんの言葉に、急激に顔面に向かって血液が集まってくるのがわかった。  いやいやいや、そんなセリフにいちいち反応してる場合じゃないよね。  佑弦さんは、って言ったんだし。って……。  私が一人、赤い顔で取り乱している間も二人は睨み合ったままで、私の事を話しているというのに、こちらを見向きもしない。  私はその隙に小さく、けれど長く息を吐き出した。
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