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——謎のシンガーソングライター『NOZOMU』ついにそのヴェールを脱ぐ——
そんなネットニュースの見出しが出ていたのは、確か去年の10月頃の事だ。
MVの中で踊りながらギターを掻き鳴らしていたのは、少年と呼んでも良いくらいの、可愛らしい顔をした男性だった。
ポップでキャッチーな楽曲でありながら、そこに重ねられる荒々しいギターサウンドが新鮮で、以前から配信サイトやサブスクでも話題になっていのだ。
どこにも所属せず、ずっと顔出しNGで活動してきた彼が、何故急に表舞台に立つ事にしたのか、詳細はわからなかった。
確か、今度メジャー契約をするって書いてあったと思う。
でも、何だろう……。
サウノイだとか、今日佑弦さんが参加していたライブなんかと随分と雰囲気が違うような気がする。
『NOZOMU』のリズミカルな曲は、一度聴くと思わず口ずさみたくなる親しみ易さをもっていて、「音の食堂」で繰り広げられていたライブのようなアンダーグラウンドな感じは全くしない。
どちらかというと、『クラフト少年』だとか私が今まで聴いてきた音楽に近いような感じ……。
「……望と初めて出会ったのは、何となく入った大学でだったんだ」
佑弦さんは、その整った顔をこちらに向ける事なく続けた。
鋭い輝きを纏った大きな瞳は、どこを見つめているんだろう……。
「高校ではずっとコピバンやってたんだけど、大学に入ったらきっとすげー人、一杯いんだろうなって思ってたんだ。でも、大学入っても高校とあんま変わんなかった。もちろんオリジナルやってる人も一杯いたけど、何かみんなどっかで聴いた事あるんだよね」
「そうなんだ……」
バンドとか軽音とか良くわからない私は、曖昧に相槌を打つ。
「望とは、二人共サウノイのファンだった事から意気投合して……。ある時、『つまんねーから、サークル辞めて二人でバンドやろうぜ』って望に言われたんだ。先輩とかみんな見てる前なのにさ」
「へー……」
映像の中の『NOZOMU』は、クリクリと良く動く茶色い瞳が印象的で、アイドルのような可愛らしい顔立ちをしていて、そんな自己主張の強い男性には見えなかった。
「一緒にやってみて初めてわかったんだけど、先輩達と比べてあいつが作ってた曲が段違いに格好よかったんだ。使い古しのコード進行と、耳障りのいい音の寄せ集めなんかじゃなくて……。サウノイの曲を初めて聴いた時みたく衝撃を受けた」
佑弦さんはそう言って、ツンと尖った顎を少しだけ上に向けてみせる。
長く下された前髪の奥の瞳が、サウノイの事を話す時みたくキラキラと輝いているような気がした。
「佑弦さんは望さんの事、本当に好きだったんですね」
私の言葉に、佑弦さんはアスファルトの上に視線を向ける。
「……バンドは上手くいってた。時々、どこだかの音楽事務所の人に声かけられたりもしてた。俺はずっと望についていく、って思ってた……。けど……」
再び進行方向の信号が赤色に点灯する。
後ろから来た男女が、楽しそうな声を上げながら、横断歩道を走りながら渡っていく。
けれど、私の手首を強く掴んでいる佑弦さんの腕は、真っ直ぐ下に向けられたままだ。
『望は芸能界に魂を売ったんだ』
嘉成さんの言葉を思い出す。
……そういう事か……。
けれど、佑弦さんは「悔しい」と思えない、って言ってたけど……。
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